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第3回 宮城県・福島県(はぎのタクシー、中華はまや)

復興へさらなる前進 宮城県・福島県

はぎのタクシー(宮城県山元町)

はぎのタクシーの萩野さん

「地元の人に喜んでもらえる会社にしたい」と話す はぎのタクシーの萩野さん

 「はい、はぎのタクシーです。いつもありがとうございます。〇〇から××までですね・・。10分程度でうかがいます」
 ここは宮城県南部、福島県境に位置する山元町の仮設商工施設内にある、はぎのタクシーの事務所。ひっきりなしに予約の電話が入り、代表取締役の萩野寛さんと母親の智恵子さんが応対し、2台の営業車に無線で配車する。運転手は2人いるが、1人が休みの日は、寛さん自らがハンドルを握る。お客さんは、顔なじみが多い。
 「お客さんは、運転手と話をすることを楽しみにしています。うちも顔が見える、親しまれるタクシー会社を目指し、高齢者の方には乗り降りを手伝ってあげたりしています。一度乗ったら、次はうちを指名してくれます」。智恵子さんは地域に密着した会社の現状を話す。 
 太平洋沿いを走る常磐線の旧山下駅前で営業していた、はぎのタクシーは4年前の3・11、事務所の屋根まで津波をかぶった。幸い、従業員5人はタクシー車両で避難するなど無事だったが、「タクシーは土地と事務所がないと営業できないため、一時休止せざるを得なかった」(寛さん)。

営業再開で地元に恩返し
 地元の知人が無償で土地と事務所を提供してくれ、4月には営業再開したが、震災直後だったため、「3台の営業車に、お客さんが1日で2人という日もあった」(同)。それを助けてくれたのがボランティアだったという。
 「とくに企業のボランティアの方は、作業が終わると、毎日、長距離の利用をしてくれた。これで経営が軌道に乗った」(同)。それでも、無償提供してもらった事務所はトイレも水道もない環境。かといって、もともと営業していたところは危険区域に指定され、堤防の再建も途中で、戻ることも困難だった。
 そんなとき、町から仮設商工施設ができるとの話を聞き、「本格復旧しようと決め」、2012年2月に移転した。
 その後は、中小機構の職員から助言を受け、地元の商工業者が認可されていた国のグループ補助金(中小企業等グループ施設等復旧整備事業)に加わった。工具類なども購入、新車両の購入も計画している。
 仙台市で住宅メーカー大手に務めていた寛さんは、タクシー会社を創業した父親が2009年に亡くなったため、後を継ぐことを決めた。智恵子さんは、寛さんのことを「地元に恩返ししたい気持ちが強い」と、目を細めて話す。そんな寛さんは、「地元の人に安心して利用してもらえる会社であり続けたい」と先を見つめる。
 山元町は、災害対策のため山下駅を約1キロ離れた内陸側に移転することを決めている。寛さんは新駅の近くに自宅とともに移転する考えで、認可を待っている状況という。智恵子さんは「お客さんに迷惑はかけられないので、息子には早く腰を据えて働いてほしい」と、早期の認可を願っている。

中華はまや(福島県いわき市)

中華はまやの馬目さん

「豊間は本当にいいところ」と話す 中華はまやの馬目さん

 一方、 「自分の意志で店をやめたわけではなかったので、地元に戻って再開しようと決めました」と話すのは、福島県いわき市豊間地区で今年1月にオープンした仮設商店街「とよマルシェ」に入居する「中華はまや」の馬目(まのめ)正幸さん。
 演歌の歌詞でも有名な「塩屋の岬」がある豊間海岸から約30メートルのところに店舗を構えていたが、津波ですべてが流されたため、地元小学校での避難所、神奈川県の娘さん宅を経て、いわき市内のアパートで避難生活を送っていた。店舗のあった土地は防災緑地が計画され、住み慣れた土地から移転を余儀なくされたこともあり、事業再開のめども立たなかった。馬目さん自身も40年近く厨房に立ち続けたことで、「ヘルニアや半月板損傷などで手術もし、入退院を4回繰り返した」など満身創痍の身体だった。

専門家の助言で収益向上
 そんな中で転機が訪れた。豊間区長から「災害公営住宅に入居する被災住民に向けた仮設商店街の整備計画がある。協力してほしい」との要請があった。そこで体調の不安を抱えながらも、夫人や周りの後押しを受けて復活を決意。県や市の補助も活用して再開にこぎつけた。再開に当たり、「中小機構の震災復興支援アドバイザーから『初めから前と同じメニューで再開しなくても、少しずつ元に戻していけばいい』と言われ、気持ちが楽になった。メニュー設定や原価・客単価の計算方法、集客の手法などさまざまな助言を受けたことで事業の見通しが立ち、自信を持つことができた。本当にありがたい」と語る。
 再オープンから3カ月近くが過ぎ、「遠くに避難した地元の人や昔の常連さんが懐かしがって顔を出したり、前の店と同じ味だと言ってくれたりする。再開してよかった」としみじみ。復興がより一層進めば、「住民が戻ってきて、もっとにぎやかになるでしょう」と期待を寄せる。 「やっぱり生まれ育った場所が一番。いずれは自前の店舗がほしい」と馬目さん。
 仮設施設で再スタートした萩野さんも馬目さんも、“安住”の地を求める気持ちは一緒だ。

中小企業施策普及紙「中小企業振興」/平成27年4月1日発行 第1141号

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