11月 秋の味覚

 秋もだいぶ深まってきた。この時期、天気さえ良ければ日中はかなりホカホカと暖かい。だが、時ならぬ雨天続きだったり、予期せぬ朝晩の冷え込みが有ったりと、ことのほか寒暖の差が激しく、体調を崩す方もかなり多いようである。海外駐在員は国内本社との連携を念頭に、現地での業務を円滑に遂行することこそ最大任務ではあるが、その前に先ず自己の健康管理が肝要である。その意味では、バランスのよい食生活の実践を心掛けるということも大切なポイントと言えるだろう。


 さて、これから季節は冬へと向かう。寒い季節はからだの温まる火鍋(ひなべ)がことのほか美味である。上海人の火鍋好きは有名である。近頃では寒い時期ばかりか真夏の暑い盛りでも、春夏秋冬火鍋を扱うレストランには客足が絶えない。ある街角などは交差点の四つ角全部が火鍋レストランで、夜間の人盛りの時間帯は夜霧とともに火鍋の濃厚な香りが辺り一帯に立ち込めているといった有様である。


 火鍋というのは、元々は中国四川省が発祥の地と言われる鍋料理である。食べ方は日本の鍋物と殆ど変わらない。テーブル中央のコンロにかけられたステンレス鍋を皆で囲む。中身は食べる人の好みで、ほうれん草、白菜、ちんげん菜、椎茸、えのき茸、たけのこ等の野菜類のほか、牛肉スライス、小麦粉と豚肉、魚肉を混ぜて作ったツミレのような団子(貢丸)、えび、川魚、豆そば(粉条)、モツ、子豚の脳みそ、狗肉(犬)、すっぽん、田鰻などなど、それはそれは多彩な食材をぐつぐつ煮えたぎるスープで煮て、或いはしゃぶしゃぶの様にさっとスープに潜らせて食する。注文方法がまた楽しい。大体の店では当日提供可能な素材、スープの種類が一覧表のようになっている注文票を店員が持って来る。お客はその中から、その日の好みと人数に合わせて7〜10品程度を注文する。店員は店員で本日のお奨めを何とか注文させようと懸命に説明を繰り返す。このあたりのやり取りは中国人同士でも見ていてかなり熾烈なものがある。 ある意味、外国人にとって火鍋の注文は、中華料理の注文以上にスリリングである。いずれにせよ火鍋レストランはその料理ゆえにそうなるのか、一帯騒然としているものである。その喧騒の中で食べるのがまた良い。


 そしてスープがまた絶品である。製法はそれぞれの店ごとの秘伝があるようだ。しかし、ベースとなるのは、アヒル、地鶏、川魚など。これも注文をする際に選ぶことが出来る。本来火鍋のスープといえば、以上の素材をベースに塩、醤油、紹興酒、ごま油等の調味料のほか、唐辛子、花山椒等、中国特有のさまざまなスパイスを大量に加えて時間をかけて煮込んだものである。ところによってはなんとご禁制(?)の芥子(けし)のつぼみが入っている店もある。火鍋を一度食すると病みつきになると言われる所以はこれ故か。とにかく客の前に出てくる時は表面は真っ赤っか。なのに、えもいわれぬよい香りを放っている。これが食欲を倍増させる!。しかし、風に流れる湯気を吸い込むと、思わずむせ返るほどの激しさである。味の方は、とにかく辛い!しかしスープそのものに濃厚なうま味が有るから食が進む。まるで炎に吸い寄せられてからめとられる羽虫のような心境だ。火鍋という名もこのあたりから付けられたのかも知れない。


 しかし、実際のところ、火鍋のスープはこの激辛ばかりではない。上海人は激辛もさることながら、どちらかと言えばマイルド、甘口が好みである。したがって、一般的な火鍋は鍋の中央が波型に仕切られ、赤(激辛)と白(マイルド)との陰陽の体をなしている。このあたりがまた如何にも中国らしくて良い。最後に、残ったスープには麺、またはご飯を入れてお腹を一杯にする。観光で来られた方などには、むしろ一般の中華料理などよりはよほど中国らしく、野趣に富んでいて喜ばれるかもしれない。


 そしてもう一つ、中国で秋の味覚と言えばやはり本場の上海蟹ではないか。日本で上海蟹というと、我々が普段お世話になるような庶民的な中華料理屋さんではめったにお目にかかれない。どちらかと言えば比較的高級な中華レストランなどで、それもかなりのよいお値段でサービスされているはずだ。


 ところでこの上海蟹、ご当地中国では上海蟹とは呼ばれていない。「大閘蟹」というのが正しい。大閘蟹が海外でも珍重され輸出されるようになり、その主要な積み出し港が上海港であったところからその名を冠された形だ。その点天津甘栗に良く似ている。天津市そのものは栗の産地ではない。


 この大閘蟹、みそが絶品である。日本では蟹と言えばタラバガニやタカアシガニのように硬い足の殻の中にプルプリと詰まった身を食するというイメージが強いが、この大閘蟹の醍醐味はやはりこのねっとりと甘く適度に塩味の利いたみそにある。足やはさみの中身はその細さゆえ非常に食べにくいのだが、これを専用のピックや蟹の足先、時には歯を使って殻を割り身を引っ張り出していただくのがまた楽しい。このあたり、地元の人たちは職人芸の域に達している。それはそれはきれいに残さず食べる。我々のような外国人は、蟹の食べ方からおおよその在中期間が推定出来たりするのが面白い。宴席をともにすると彼ら(中国人)は我々が慣れない手つきで蟹を食べる姿を楽しそうに眺めている。


 大閘蟹は、例年10月初旬から12月末頃までが旬である。一般に前半は雌、後半は雄が食べ頃と言われる。雌は硬い甲羅の中に卵黄色のたまごを大量にたたえている。これがまた美味である。


 大閘蟹の生息地、本場は、主に上海市のお隣、江蘇省である。中でも昆山からさほど遠くない陽澄湖のものは最高級品とされる。陽澄湖は、上海市内から車に乗れば約1時間半のところ。特に湖水のほとりの巴城は大閘蟹の問屋街があることで有名だ。これまで筆者も幾度か大閘蟹を食する機会に恵まれたが、やはり陽澄湖のものは色、型、味わいのどれをとっても最高、絶品である。上海市内のレストランで食べるものとはまた一味もふた味も違う。
 陽澄湖産の大閘蟹の特徴は、背中が青くお腹が白い。伸びやかな足には黄色の体毛が生えており、鋭い爪先は金色である(もちろん蒸す前、生きた状態での特徴)。殆どが食用に養殖されたものであり、天然ものは極僅かである。


 陽澄湖で収穫される大閘蟹は、年産僅か1,000トンと言われる。そのうち約半数の比較的型の良いもの(250グラム以上のものを含めて)は、日本はじめ欧米、香港、東南アジア方面に輸出される。この結果、中国国内で消費される蟹の絶対数は当然不足する。よってその他の大部分は陽澄湖以外の産地、例えば無錫の太湖、安徽省産等の同型の蟹であることが多い。これらの蟹には上述のような特徴がない。驚いたことに、これら他所で収穫されたものが陽澄湖のほとりで本場産と称して売られているケースがあるとのこと。


 本場産の価格は、250グラム(1匹)が70元。250グラム以上が90元前後とやや割高である。街中で250グラム(1匹)40元程度のものも売られているが、これは本場産ではない。当然、味も落ちる。


 大閘蟹は、出荷され店で売られる時にヒモでグルグル巻きにされている。これは、元気の良い蟹に大きなはさみで挟まれて思わぬ怪我などをしないようにするためだとばかり思っていたが、実は、必ずしもそのためばかりではなかった。蟹をおいしく食べるためには、輸送途中にあまり運動をさせてはいけない。むりやり運動不足にさせて脂肪分を増やすためなのだそうだ。また、買ってきた蟹の保存法だが、絶対に水の中に入れてはいけない。生き物だから飼うのと同じでついついその様にするのが良いと考えがちだが、それをやると蟹は死んでしまう。正しくは濡らした新聞紙などに包んで冷蔵庫(冷凍室ではない)で保存する。蟹は温度が下がると冬眠をするのだそうだ。


 自宅での料理法だが、我が家では、蘇州の某日系企業総経理直伝のやり方を踏襲している。いろいろ試してみたが、やはりこれが一番である。やり方はいたって簡単、丸鍋に青島ビール一缶 (鍋の大きさによって調整)を入れて煮立たせる、この上に活きた蟹(ヒモを巻いたまま)の入った蒸篭を置く、蟹の上には生姜の細切りとあさつき(または長ねぎの青い部分)を散らす。蓋をして15〜20分蒸し上げれば出来上がりである。蒸し過ぎると身が締まりすぎて硬くなってしまうので注意。生姜とビールの効能で蟹特有の生臭さが軽減され、大閘蟹本来のまろやかな味わいがアップする。たれは、上海人は普通黒酢のみで食す。わが家では、酢醤油をベースに砂糖とチキンコンソメを少々、生姜、ニンニクのみじん切り、あさつきを加えた特製たれでいただく。ただしこのたれ、出来てから少し時間をおいた方がよい、出来れば蟹を蒸す前に用意しておけば調度よい味わいとなる。機会が有れば是非お試し頂きたい。