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10月 上海での穏やかな日々(その2)

 行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しく止まる事なし。


 月日の流れるのは本当に早いものだ。この駐在員レポートも連載を始めてから既に3年が経過した。内容の方も何かと舌足らずで拙いことは承知の上だが、それでも今日まで書き続けて来られたのは、ただひたすら毎月楽しみに(してくださった方がおられれば本当にうれしい!)本ページを開いてくださった皆様方の影の声に励まされ続けたからに他ならない。
 この3年間、やはりわが国は長期慢性化した不景気から脱却することは出来なかった。しかし、それでも世界経済は止まることなくその営みを継続している。わが国産業の空洞化が叫ばれて久しいが、その一方で、企業の海外進出はここ数年さらに加速する傾向にある。現実に、大企業各社はじめ、わが国経済の基底を支え続けた数多くの中小企業が海外現地に雄飛し、そこで再び活力を得、進出先国家の経済発展に寄与しているという図式が存在する。筆者は、命を受けて政治・社会体制の異なるこの国に日々暮らし、日本、中国双方の立場からこれを見つめ続けてきた訳だが、今後引き続き国際経済、社会との関わりの中で仕事を続けていく身の上としては、この駐在期間を通じて現地で数多くの経験を積み、多くの知己を得ることが出来たことは、やはり幸いであったと言うべきであろう。


 さて、またまたテレビの話題で恐縮だが、少しの間だけお付き合い願えれば有り難い。
先日上海で見たわが国某テレビ局のまったく取るに足らない(失礼)番組なのだが。その中でひとつだけ面白い話が有った。


 かつて、それもかなり昔のことだが、何ごとにつけ「エ〜ッ!ウッソォ〜」と奇声を上げる世に'ぶりっ子'と呼ばれた若い女性(女の子)たちが巷に溢れ返っていたのをご記憶の皆さんも少なくない筈だ。いや実際のところこの「ウッソォ〜」は女性ばかりか男性の間にもかなり浸透(?)していて、恥ずかしながら筆者も、実は何とはなしに、いや殆ど無意識にそれを発声していたような気がするから当時は余程洗脳されていたのかも知れない。ことほど左様にこのフレーズは当時の若者の生活のそこここに氾濫していたのである。しかし、時代が移り変わり、いわゆる「ぶりっ子」も「コギャル」に取って代わられ「エ〜ッ!ウッソォ〜」も以前ほどの元気はなくなったようである。しかしそのような中、既に当時から蔓延し、時代を経た今日もなお衰えを見せずに女性たちの間に定着し、かつ極めて頻発度の高い言葉がある。


'カワイイ'


 これである。
 正しくは'カァワイィ〜'と半泣き状態で、あるいは'カワイイ'と断定的に、多くの場合尻上がりに、発音する。
 何の事は無い'カワイイ'は'可愛い'である。


 試みに辞書を引くと―
かわい・い カハイイ(形容詞)(心がいたくなるほど)好きだったり、形がととのって気に入ったり、おしかったりして、自分のそばからはなしたくない気持ちだ。かわゆい。〔小さい弱いものに対して言う〕
(三省堂 国語辞典第四版 編者 (主幹)見坊豪紀 金田一京助 金田一春彦 柴田武 飛田良文)

となっている。


 だが、同番組に拠れば、「近頃の若い女性たちは、この'カワイイ'に無意識のうちに(さらに)多様な意味を与えている」と言うのである。結果、生活上の様々なモノや事柄に対する印象をこの'カワイイ'によって表現し、'カワイイ'の一言で片付けてしまう。
 何だか筆者の身近にもいるような気もするが、考え様によっては実に便利な言葉ではある。しかし、反面、単に語彙が不足しているだけじゃないの、とおっしゃる向きも当然おられると思うが、ここは今暫く辛抱して欲しい。


 同番組ではこの'カワイイ'に5つの類型を示し、しかもそれぞれを例示的に以下のように定義している。


"近頃巷で濫用されている'カワイイ'の定義"(某テレビ番組より―標題筆者)


(1)ホン'カワイイ'…・・キティ、スヌーピー等(伝統的純粋可愛い系キャラクター)
(2)ヘン'カワイイ'…・・アフロ犬、うみにん(?)等(不気味系キャラクター)
(3)チビ'カワイイ'…・・チビメモ、ちびT等身体にフィットした衣服等
(4)オジ'カワイイ'…・・小泉総理グッズ(真紀子グッズ)、オヤジ懸垂、腕立てゼンマイ人形(このゼンマイ仕掛けの人形はゼンマイを全部巻き上げてもなぜかすぐに止まってしまう…のだそうだ)
(5)ダサ'カワイイ'…・・ケロリン風呂桶、等(いわゆるレトロ調グッズ)


いかがであろうか。
番組では、更に敷衍して上記「(1)のホン'カワイイ'」以外、(2)〜(5)すべてに共通の要素は「喪失感、欠落感、何かが欠如していること」だとも解説している。


「ウ〜ン」
筆者はテレビを見ながら思わず唸った。
「さすがはテレビ局。うまくまとめるもんだ!。」


 しかし、なぜ「喪失感、欠落感、何かが欠如していること」が'カワイイ'なのか。さっぱり解らない。
「(1)ホン'カワイイ'」は迷うことなく'可愛い'ということ。本来の、辞書にも有るような純粋な意味で'カワイイ'ということなのだな、と思う。筆者もキティちゃんや、スヌーピーであれば素直に違和感なく'カワイイ'と言うことが出来そうだ。しかし、(2)〜(5)の場合となるとこれとは明らかにニュアンスを異にしている。先ず「(2)ヘン'カワイイ'」は何か'変'だけど'可愛い'ということ。同じように「(3)チビ'カワイイ'」は'小さい'、'寸足らず'の様子が'可愛い'ということらしい。(3)はともかく(2)はやや難解である。「(4)オジ'カワイイ'」というのも少々理解に苦しむ。別にこの言葉自体に個人的に抵抗感が有る訳ではないが、「オジ」というのは「オジン」、つまり「おじさん」のこと。今風に言えば「オヤジ」(これは父親に対する伝統的呼称に非ず。世の若者の中年紳士一般に対する現代的呼称である)風で'可愛い'のだそうである。「(5)ダサ'カワイイ'」に至っては「ダサい」けれど可愛い。つまり、やぼったい、かっこわるいけれど'可愛い'となる。


 益々よく解らない。しかし、この過程でふと気が付いたことがある。「(4)オジ'カワイイ'」にせよ「(5)ダサ'カワイイ'」にせよさらに共通して言えることは、ともに既に盛りを過ぎた存在であると言うこと。前者は既に人生に秋風が漂う存在であり、後者は言わば前世代の遺物的存在である。しかしそれにも関わらず常に生活の要所要所に密着し周囲の期待以上に活躍をし大いにその存在をアピールしている。その儚くも健気な様子が'可愛い'ということなのか。


 ここで、もうひとつ別の辞書を引いてみる。
かわい・い カハイ(形容詞)(カワユイの転。「可愛い」は当て字)
(1)いたわしい。ふびんだ。かわいそうだ。(2)愛すべきである。深い愛情を感じる。(3)小さくて美しい。
(岩波書店 広辞苑 第四版 新村出 編)


 やはり、先ほどと同様に'カワイイ'の定義(2)(3)については上記「広辞苑」の(2)(3)からも、何とか理解出来るような気がする。しかし、若い女性たちが「広辞苑」(1)の解釈を'カワイイ'の定義の(4)(5)に与えているとは到底考えられない。


 しかし、それにしても今ひとつ釈然としない。'カワイイ'ということは、先ず対象となる存在が有ってそれに対し何がしかの意味で'カワイイ'と感じた者から投げかけられる言葉のはずだが、その対象たる存在は上記のとおり様々、まったく異なる形状、キャラクターを有しているのだ。それにも関わらずすべて'カワイイ'の一言で片付けられるということは、逆に'カワイイ'と感じる側の心の有り様に何らかのヒントが有るのではないか。


 そこで、この'カワイイ'について、筆者なりの考察を試みた。


 即ち、'カワイイ'とは、「'カワイイ'を連発する者自身がその心の内奥に有する'喪失感''欠落感'との同一性を対象('カワイイ'モノ等)の中に見出し、あるいはそうした心の'喪失感''欠落感'を有する者が自分自身をそれら対象に投影することによって'親近感'、'安心感'、あるいは'なごみ'、'いやし'等を得ようとする行動(衝動?)。又は、それを連発することによる自己韜晦。」


なのではあるまいか、と。「対象その物に対して、というより、むしろその対象に向かい合っている者自身の喪失、欠落した心理状態との同一性、あるいは対象にそうした心の隙間を埋め合わせるに相応しい価値」を見出した時にこそ期せずしてこの'カワイイ'が飛び出すのではないだろうか、とひとりごちたのである。


 長期にわたる景気の低迷、なかなか出口の見えて来ない不況の連鎖が人々の心に苛立ちや暗い影を落としている。このような状態ではわが国の将来を担うはずの若者にもその担うべきわが国の明確な将来像などは見えてこない。しかし、若い女性たちの鋭い感性は、そんな不安定な、なんとも遣る瀬無い心理状態や苛立ちさえもこれまでには考える事も出来なかった新たな発想や価値観へと置き換えて行くのである。そしてそれが新たな需要を生み、か細くはあるが市場を動かす活力ともなるのである。


と、ここまで書き進めたところで、今回はまったく中国に触れていない事に気付いた、しかも話が何やら思わぬ方向に行ってしまった・・・が、もはやこれまでである。


 上海での穏やかな日々、深まり行く秋の夜長、つれづれなるままに、一体何を考えていることやら。