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12月 高校生の海外修学旅行について

 近頃、高校生の修学旅行といえば、政治経済のグローバライゼーションの進展に加え価格競争による国際航空運賃の低廉化が拍車をかけ、今や海外に出掛けて行くのは当たり前とまでは言われぬまでも、もはや決して珍しいものではなくなったようです。上海駐在の某自治体代表のA氏のお話では「行き先によっては却って国内旅行にかかる費用よりも廉価の場合もあり、(同県)公立高校の3分の2以上が修学旅行で海外に出掛けている。」とのことです。


 ここ上海にも毎年10月から12月にかけて日本国内各地から修学旅行姿の高校生たちが訪れます。一般に、上海を起点とするコース取りをすると、おおよそ順番は前後するとしても、その多くが杭州か蘇州、そして南京を訪れ、また上海に戻るというパターンで締めくくられる事になります。いずれの城市もこの中国華東地区においては非常に古い歴史を有し、かつ風光明媚という点においても共通しており、また、近現代史におけるわが国と中国との関わりに理解を深める上でも格好の題材と考える向きもお有りの様で、訪問先の選定としては、まず、可も無く不可も無し、というところでしょうか。


 しかし最近、私ども現地在留邦人が見ても、ひとつ「これは困るなア」ということがあります。それは修学旅行で上海を訪れる高校生達の身なりやマナー、そしてその規律の無さです。と、その前に、修学旅行とはそもそも何なのでしょうか。実は私にも詳しい事は解りません。しかし、少なくとも学校教育の一環、校外授業の一環として行われているということは想像に難くない訳で、だとすれば教育的要素の高いものなのだなと理解出来ます。ところが上海を訪れる彼らの、それもかなりの数の生徒達が"茶髪(チャパツ)"あるいは"茶髪にピアス"という奇態ないでたちで到着出口から姿を現すのです。中にはピアスとはいえ耳ばかりでなく、小鼻や唇にさえチロチロ輝かせている者すらいます。私は来客の送迎で空港に出向いた際、よくよく偶然にも彼らと遭遇するのですが、その異様な風体と規律の無さには思わず絶句してしまいます。まず想像してみてください。修学旅行といえばおおかた、男女生徒合わせて総勢百名を超える大集団になります。到着客とそれを迎える人々でごった返すあの空港ロビーの雑踏の中を着崩れた制服に"茶髪(チャパツ)"を逆立て"ピアス"をチラつかせた「男子」「女子」が、ある者は友人同士、無邪気に腕を組み(楽しそうに?)おしゃべりをしながら、またある者はイヤホーンのコードを耳から垂らして夢遊病者のごとく、また見掛けはさほどカラフルではない生徒でもまるで渋谷か原宿あたりでも徘徊するような周囲の光景とはまったく馴染まない覚束ない足取りで、まるで仮装行列さながらにズルズルと移動して行くのです。しかも、あたらお揃いの制服などを着用しているだけにその人目を憚らない様子は却って周囲とは異なった空間を形成してしまう。その後ろ姿には残念ながら「今、自分達は修学旅行に来ているんだ。しかもここは日本ではない、外国にいるんだ。」などという(私だったら感じたかも知れない)晴れがましい緊張感は微塵も無く、まして高校生らしい清澄な意識すらまったく感じ取る事が出来ません。もちろん、修学旅行ですから教師らしい方もおられるのですが、これもまた、ただの通行人と化していらっしゃることが多い。張り切って声を挙げているのは、多くの場合、旅行代理店の引率者ばかり。私は、取り立ててチャパツにすること、ピアスをすることそれ自体に異を唱えている訳ではありません。どうして、修学旅行にまして海外に出掛けるのにその様なナリをして来るのか、とうことなのです。そして更に困った事がもう一つ。せっかくの修学旅行ですから学校側から頼まれて駐在員が現地の情勢等についてレクチャーをする事があります。ところが、ほんの短い時間、これが耐えられない。彼らはじっと話を聞いている事が出来ないのです。しかし、駐在員の側もこの点は十分心得ており、逆に彼らを引き付ける事が出来ないのは自分の責任、手腕の問題であると割り切ってなるべく高校生受けする話題をふんだんに盛り込みながら話を進めていきます。それにしても情けないことです。


 しかし、だからといって、上海を訪れる高校生たちがすべてこの様な悲惨な姿だとは申しません。整然と規律正しく振舞うことの出来る生徒さん達ももちろんおられます。しかし、これまでにこうした光景を一体何度この目にしたことか。彼らの風体、無神経な行動について憂うべきは当然ですが、実際に現地で生活し、中国人と共に仕事をする者の一人として、むしろ一層気になるのは、彼らを見つめる現地の人々の冷たい眼差しです。


 中国でも学制は日本と同様6・3・3制、中学までは義務教育です。ところが、この国の場合、日本と異なるのは、すべての子供たちが等しく学校に行くことが出来、無条件で教育を受けられる訳ではないのです。この国の国民の戸籍は都市戸籍と農村戸籍の二通りに分かれています。現在この国の人口は12億とも13億とも言われますがそのうちの約7割近くが農村戸籍を有しています。そしてその中には初等教育すらまともに受ける事の出来ない子供達が数え切れないほどいるのです。まして高等学校まで進学出来るのは国民全体から見ればほんの一握り、正に選ばれし者なのです。しかも高等学校に進学するほどの家の子供達は、(一人っ子政策ゆえ余計に)その父母や一族親類の期待、優秀な子であれば幼い時から国家の期待を一身に負うことになる訳ですから学業を疎かにする訳にはいかないのです。まして今の中国では学問を修めた者、実力のある者が成功するというのは一つの方程式といえます。それゆえ、こちらの高校生諸君はより良い大学に進学し、より条件の良い職を得るために夢中になって勉学に励みます。こうなると、わが国の(一部の)高校生のように過剰なお洒落(?)などに精を出している余裕(?)などある訳がないのです。また、幸か不幸かマスメデイアから流出する情報がほどよく規制されているので、益体(やくたい)も無い風俗情報の氾濫もありません。このような背景を踏まえて、先程のわが国高校生たちが現地の人々の目にどのように映っているのかは推して知るべしでしょう。余談ですが、先日、日本人学校中学部二年に通うわが家の長女が地元の外国語大学系中等高等学校で行われたスピーチ大会に学校代表として他の2人の仲間と応援の生徒さん等と共に参加した時のこと、緊張の中、聴衆の前でスピーチと質疑応答、交流会等を無事終え、意気揚々、晴々とした気分で帰途に就こうとしたその時、彼女達と入れ違いに茶髪&ピアスのお兄さんを含む日本人高校生らしい団体と構内ですれ違ったとのこと。これはおそらく修学旅行の際によく行われる「友好訪問」だったのだと思われますが、その異様さに長女はただ一言「怖かった」、と。因みに長女の当日の演題は「良い交流をするために」というものでしたが、彼らが日本人として決して恥ずる事の無い良い交流をしてくれたことを願わずにはいられません。


 ところで、以前、東京のある私立大学の教授からのご要望で、ゼミ生の視察先として現地日系企業を数社アレンジ、訪問許可を要請していた時のことです。X社の担当者から訪問人数について確認があった後「チャパツにGパンというのはやめてください。ネクタイ着用とまでは申しませんが、せめて学生らしい姿形でお願いします。」と言われ、なるほど…と思わず納得してしまった事があります。この最先端の現地工場は中国国内でも屈指の大工場ということもあり参観者も非常に多いところですが、以前にも同様の見学で苦汁をなめたご経験をお持ちとのこと。実際、この様なご意見は他のところでも何度か聞いた事があります。


 「結局、現地法人の経営は、何のかんのと言いながら日本式経営の延長線で行わなければならないんですよね。本社や取引先が日本にある訳ですから。品質管理然り、労務管理然り。5Sの標語はどこの工場に行っても掲げられていますよね。しかし、実際には、国民性、基本的にものの考え方が異なるこちらのワーカーに対してこれらを徹底させる過程で、どうしても日本式経営の特殊性ばかりが逆に際立って来ます。それでもこれを徹底させなければならない。結果的に彼らのイメージの中に日本人、日本人のものの考え方がどうしても実際以上に美化された形で残ることも多々あります。」


 現地法人は日本人管理者達の血の滲むような努力の末、生活習慣、風土も異なる中国で安定した企業経営を行うために、あれやこれやと試行錯誤を繰り返し、結局自らが経営者、管理者として社是を垂範しつつ、現地スタッフ、ワーカー等の協力を得、成り立って来たのです。その中には当然、日常の生活の事、清掃や服装から、身嗜みなど、こと細かな内容に至るまで、実に様々な要求が含まれています。その集大成が企業として、規律のある一つの組織として成立、稼動している訳です。なのに、見学とは言え、同じ日本からやって来た若者達が、先程の様に異様な風体、マナーのカケラも無い、では、彼らがまだ社会人ではないことを差し引いても、同じ日本人として、中国人同僚達に対してまったく示しがつきません。こう考ると、前述の担当者のご意見も「至極ごもっとも!」と容易に理解出来ます。ただ、この場合、学生として企業を訪問する際の心掛け、それも基礎の基礎の部分について、実は、まことに恥ずかしいまでのご指摘を受けてしまった事になりますが、現実が既にここまで来てしまった、ということなのでしょうか。幸いにして、さすがその時の私立大学ゼミ生諸君は全員スーツ姿にネクタイ着用。それは若干名のチャパツ君もいた様でしたが、マナーも良く、決して見苦しい様子はありませんでした。学生諸君の真面目さもさることながら、やはり指導教授の取り組み姿勢がご立派です。感服いたしました。


 それにしても、話は元に戻りますが、修学旅行で生徒を海外に送り出す高校のご担当者、責任者の方々は一体どのようなお考えをお持ちなのでしょうか。政治経済のグローバル化が進展する今日、生徒達に少しでも国際性豊かな人材に育ち、行く行くはわが国のそして世界の発展に寄与して欲しいと願う心はとてもよく理解出来ます。しかし、その実施に当たって、訪問先国、訪問地の選定から実施方法、それらの国の歴史、文化、政治、社会等、生徒達への事前教育等々どのような過程を経て行っていらっしゃるのでしょうか。少なくとも海外に実害を流出させるような方法は避けて頂きたいものです。今回は卑近な例として、実際に現地在留邦人、中国の人々の目に映るわが国若者の風俗の異様さばかりを強調するようなトーンで書き進めましたが、実際のところ高校生にして茶髪、ピアスがその学業の過程において如何ほどまでに必要とされているのでしょうか。もちろん、先程も書いたとおり、茶髪・ピアスそのものがいけないなどということでは決してありません。問題なのはそれを時節柄・場所柄・目的(TPO)を心得ずに行い、そして装着する人間の中身に有るのです。また、それを曖昧なままにしておく学校側の姿勢には問題があります。ことは学校教育の一環として実施される海外旅行なのです。会社の慰安旅行ではありません。訪問先国家によってはその受け取り方が必ずしもわが国と同様であるとは限らない、むしろ同様であることの方がまれであると考えた方が良い位です。この点、事前に十分な学習を要するところでもあります。国際交流とは、人間どうしの交流がそうであるように、まず相手の国家を尊重するところから始まる訳です。本来であれば正装の上、襟を正して訪問しても間違いではないはずです。日本国内ではどうだか知りませんが、決してまともともいえない流行、風俗を何らの配慮も無くそのまま持ち込むなどは相手国を侮辱すること甚だしいと言わなければなりません。しかも、今まさにその国では、社会・経済体制、国民性や生活習慣の相違等、様々な困難な問題と日夜格闘、融和を図り克服しながら現実のビジネスの現場で活躍しているわが国ビジネスマンとその家族が、企業がいる訳です。その様な方々の足を引っ張るに等しい行為は厳に慎むべきです。同時に、こうした事柄をよく認識することこそ正に国際化教育の第一歩ではないかと思います。そしてその上で、改めて、どのような姿形と心掛けで"お邪魔する"のが正しいのか、考えてみる必要性があるのではないでしょうか。いずれ回答は自明です。また、こうした事柄に対して理解の乏しい生徒に対しては、これを教育的に指導出来るのが教師であり、学校の役割ではないでしょうか。何事も平等を建前に誰でも彼でもただ連れて行って帰って来る。そんな実績作りに終始することに果たして教育的配慮があると言えるのでしょうか。まして、行き先は日本ではない。よその国なのです。海外への修学旅行実施に真にわが国の将来を担う若者の国際性の涵養を願うのであれば、修学旅行に出掛けるその前に、まず、国内ですらまともに通用しないような低俗な風俗、流行を海外に垂れ流しにすることの無い様けじめをつけるところから始めるべきではないでしょうか。