|
数次にわたる中国進出ブームをよそに、ASEAN(東南アジア諸国連合)地域に進出し、着実に実績を伸ばしている中小企業がある。域内の関税・非関税障壁をとり除くアセアン自由貿易地域(AFTA)など加盟各国の経済は緊密化を強めており、市場としても生産拠点としても今後この地域はますます重要になると指摘する経営者もいる。アセアン進出企業の現状を追ってみた。
東南アジア3カ国に拠点を展開
半導体など電気・電子部品の表面処理めっきを主力とするメテック北村の海外展開は、1978年に100%出資の現地法人、シンガポール北村工業を設立したことに始まる。業界他社に先駆けていち早く海外に進出した事情を、同社の北村隆幸社長はこう説明する。
「日本企業がどんどん東南アジアに出ていた時代です。特に多かったのはマレーシアでした。めっき処理というのはできるだけ顧客に近いところで、顧客の業態にあったサービスを提供することが必要です。そのため当社も最初はマレーシアに出ることを考えたのですが、その頃マレーシアでは外資100%の企業は認められていませんでした。シンガポールではそれが可能でしたし、外資のめっき会社はまだほとんどなかったので、シンガポールに決めたのです」
同社はその5年ほど前から、シンガポール進出した取引先のプレス会社と技術援助契約を結び、毎年1人ずつ技術者を現地に送り込んでいた。その経験から、自分たちにも海外事業はできると判断して決断したという背景がある。
シンガポール北村が操業を開始したのは翌79年。当初、顧客はシンガポールとマレーシアの日系企業が半々ほどだった。やがてマレーシアの企業からもっと近いところにめっき工場がほしいという要望が強くなり、85年、マレーシアにも現法を設立。こちらは現地企業との合弁だったが、その後マレーシア政府の政策が変わり100%外資が認められるようになったので、93年にパートナーの持ち株を買い取って完全子会社にした。
同様の理由で94年にはメテック北村タイランドも設立した。つまり同社は現在、マレーシア、シンガポール、タイのアセアン3カ国に現法を持っていることになる。3拠点とも顧客は日系企業が多いが、それぞれの役割は少しずつ違う。シンガポールは技術や品質の要求レベルの高いもの、タイは比較的簡単な量産品、マレーシアはその中間という位置づけだ。
「インドネシアやフィリピンの顧客の仕事をタイやマレーシアでしたり、マレーシアの仕事をシンガポールが引き受けることもあります。日本の本社も含めできるだけ一体的な運営をするため、海外の事業所を統括している当社の取締役をタイに常駐させ、3カ月ごとに各拠点の責任者を日本に集めて会議を行っています。新しい仕事を立ち上げるときには技術者を応援に出すなど、3拠点間での人的な交流もしています」(メテック北村・北村社長)
かつてシンガポールでは中国企業からも仕事を受注していた。だがこの1、2年、上海を始めとした中国のめっき処理業が立ち上がってきたため、そちらにシフトする顧客が増え、今は苦戦を強いられている。技術レベルの高いシンガポールには開発機能を持たせることも可能だが、人件費も高く技術者の採用が難しいという問題がある。同社の海外事業では目下のところ、シンガポールの運営が最大の課題となっている。
3拠点のうち最も収益がいいのは、政治的に安定していて親日的なタイだ。今は仕事を選べるほど需要が多いという。
「中国にしか生産拠点のないお客さんが、SARSの体験などからリスク分散でタイにも工場をつくろうという動きがあります。もともとタイは自動車産業が強いし、これからも期待できます」
バンコク国際空港(ドンムアング空港)の移転計画で、同社はタイにもう1カ所拠点を設ける可能性がある。
マレーシアを世界の輸出拠点に
ハンダメーカーのニホンゲンマは88年、マレーシアに合弁会社のセラヤンソルダーを設立。その後95年に香港、2000年に台湾と現法を設立したが、同社の海外戦略の主軸はあくまでマレーシアだ。マレーシアを世界に向けた輸出拠点と位置づけているのである。
「マレーシアへの進出は、現地のハンダメーカーからのオファーがきっかけでした。ただ私はその前から物流の条件に優れた地域が発展すると考え、シンガポールとマレーシアを視察していました。シンガポールの港は東南アジア海運の要になっていましたし、マレーシアからなら陸送でシンガポールまで運び、その日じゅうに船積みも可能です。しかも欧米を向いたとき中心にくるのがマレー半島なのです。つまりここからなら欧州にも米国にも製品を出しやすい。香港からではちょっと遠すぎます。当時、この地域はテレビやオーディオで世界一の生産拠点になるといわれていたこともあり、マレーシアに決めました」(川崎実社長)
同社の場合、コストダウンのためだけに海外に出て、日本の人員を減らすという考え方はしていない。日本を開発と生産技術の拠点と位置づけ、マレーシアでは日本と同等の品質、サービスを提供するのが同社の基本的な考えだ。そのため新規に受注した製品は、どこで生産しても品質を保証できるものに日本で仕上げた上で、海外に移転する。マレーシアに関しては、現地で調達から加工、生産、販売、サービスまで一貫して行うことを目標にしている。
実際、セラヤンソルダーではローカルスタッフが独自の営業活動も行っている。55人の従業員のうち10人ほどが営業担当で、アセアン各国はもちろんインドやさらにエジプトまで回ることもある。
「マレーシアには英語を話せる人間が多いし、ビジネスの世界では中国語も可能な場がたくさんあります。だから教育すれば世界のどこにでも営業ができます。輸出地域は今、マレーシアからメキシコ、エジプトまで。今後はもっと世界中に広く展開していく会社にしたいですね」(川崎社長)
これに対して香港と台湾の拠点は中国市場だけを販売対象とする。台湾の場合は従業員も5人ほどで、生産品目も1つだけ。それ以外の製品は以前から技術提携している台湾のメーカーに委託している。販売もほとんどが代理店経由だ。
とはいえセラヤンソルダーも最初から順調だったわけではない。本格的に利益が出るようになったのは97年の通貨危機が収束してからで、親会社に配当できるようになったのも2〜3年前からだ。
「マレーシアは開発部門がないだけで、今はほとんど独り立ちしています。ISOも取っています。小さくスタートして少しずつ積み上げていくのが当社のスタイルで、工場も土地もパートナーからの借り物でしたが、利益が伸びてきたのでそれも最近すべて買い取りました。生産品の種類も日本と同じですし、品質も高いですよ。」と、川崎社長もセラヤンソルダーの成長ぶりに笑みを漏らす。
マレーシアは人口が少ないから、国内市場はそれほど期待できない。しかしインドネシアやインドをはじめ周辺には巨大な市場が控えている。その意味でも、輸出拠点にするという同社の戦略は正鵠を得たものといえそうだ。
インドネシアの市場をおさえる
メテック北村の北村社長は、「中国にも出る必要性は感じている」という。ニホンゲンマはすでに中国市場向けに香港と台湾に現法を置き、中国本土に生産工場も持っている。これに対して川口薬品の北村和男社長は「中国に出るつもりはない」と明確にいう。
「以前は香港のエージェントを通じて中国にも製品を出していました。しかし彼らは中国本土との取引は儲からないといっていました。当社の製品は特殊なものですから、中国での生産は危険もありますし模倣も心配。それにうちの力で今から中国に出るのは難しいですよ」
過酸化物を主力とする化学薬品メーカーの同社は、91年インドネシアに合弁で生産拠点を設置。それ以前から輸出はしていたが、市場は次第に欧州からアジアに移りつつあった。特に同社の主力製品の1つであるポリエステル樹脂の硬化剤は、東南アジアでの需要が伸びていた。一方、円高で日本の国際競争力は低下するばかり。そういう状況の中で、インドネシアの企業から申し入れがあり、折半出資でPTカワグチ・キミア・インドネシアを立ち上げたのである。今のところ同社の海外拠点はこの1カ所のみだ。
PTカワグチがあるのはインドネシアでも古くからの工業地帯であるタンゲラン。パートナー企業が持っていた土地に工場を建設、MEKPO(MEKパーオキサイド)、CHPO(シクロヘキサノンパーオキサイド)など4製品を生産する。製造過程で大量に使用する水は敷地内の井戸水と貯水池で賄っており電気は自家発電だ。スタート時20人ほどだった従業員は現在約70人に増えた。工員は20〜30人で技術者クラスが10人ほど。常駐している日本人社員は副社長と工場長の2人だけだ。
「設備を整えマニュアル通りにつくればものはできますが、労働集約型の工場ではありません。だから技術者の育成に一番苦労しました。当初は日本で1年間くらい研修させていたのですが、技術を身につけて帰国するとしばらくしてやめてしまうケースが多かったんです。今は定着率もよくなり労働力の質はある程度確保できるようになりました。インドネシアの賃金水準はアセアンの中でも低いほうですが、技術者クラスになると月給で十数万円は出さないといい人材が採れません」
PTカワグチの社長でもある北村社長によれば、MEKPOはインドネシア国内市場の約8割、CHPOは約6割を押さえており、現在は一部タイやマレーシアなどにも輸出している。かつては「日本製ならいいが、インドネシア製では安心して使えない」という声がユーザーの間で強く、伸び悩んだ時期もあった。しかしその後、日本の技術でつくったカワグチブランドは高品質だということが浸透し、今ではパートナー企業がインドやスリランカ、さらに中近東にまで製品を出している。売上げは4億円近くで、4〜5年前からは配当も行っている。
「化学の分野ではインドが中国より進んでいますから、地政学的にいってもインドネシアはいいですね。中国にも製品を出していますが、今は中国内でも過酸化物をつくる工場が出てきたので量は減ってきました。ただその分はインドネシア国内の需要でカバーできています」(川口薬品・北村社長)
ベトナム工場を持っていることが強みに
樹脂製品メーカーであるダイヤポリの久保皓嗣社長も「中国に拠点をつくることは考えていない」という。同社が海外の生産拠点として選んだのは、ベトナムである。
「ハイリスク、ローリターンだった」と久保社長がいうベトナム進出は96年。バブル崩壊による不況が長引き仕事量が激減していく中で、コスト競争に勝つための決断だった。
ベトナムを選んだのは外資100%が認められていたから。社会主義政権ということで不安もあったが、実際に行ってみると人々は勤勉かつ真面目で手先も器用、経済は発展中だし日本からの直行便もある。しかも工場を開設したタン・トゥアン輸出加工区は輸出入の関税が一切免除だ。賃金水準も低く、下請け仕事に徹しておりとにかく低コストで製品をつくりたいという同社にとってはうってつけの条件が揃っていたのである。
「海外進出は初めてだったので、商社にいろいろ手伝ってもらいました。その商社のつてで、日本に留学していた非常に優秀な人を日越経済センターから紹介してもらったこともとても大きかったですね。工場長になってもらったこの人に今はほとんど任せています」
という久保社長は、中国に工場を出すことは全く考えなかった。当時、中国では独資が認められていなかったし、「中国に出た中小企業の7割くらいが撤退したという話をその頃聞いていた」(久保社長)からだ。ただしベトナム進出はリスクもあるので、現法は久保社長個人が出資する形で設立した。
設立当時、同社の顧客でベトナムに出ている日本企業は一社もなかった。しかし中国やマレーシアに出ている客に営業したところ仕事を受注できたという。今もベトナム工場の客は100%日系企業である。同社が日本国内で営業して、ベトナム工場に生産や加工を委託するという形態が基本だ。資金回収まで含めて商取引はすべて日本国内で行っているのである。
技術については当初2年半、日本の技術者が現地でラインづくりなどを指導した。その後は繰り返し受注が多くなったので日本人は引き上げ、今は新規受注時に営業や品質管理で日本から社員を出張させるのみ。もっとも最近は新しい仕事がどんどん増えているため、毎月1〜2名はそういう形で本社の社員が現地に飛んでいるという。スタート時20人ほどだった現地従業員は、現在460人を超すまでに拡大した。
「今、ベトナムでつくっているのはAVコネクタ、文具、日用雑貨、センサー部品などです。AVコネクタはシンガポールに出しているものが多く、文具はドイツと日本、日用雑貨はすべて日本です。ベトナムはアメリカに輸出できないのが弱点でしたが、この問題も米越通商条約が結ばれたことで解決しました。センサーはこれからアメリカ向けが期待できます。アメリカへの輸出ができるようになったことでお客さんが増えています。ベトナムからだと欧米にもアジアにも中国にも同じ条件で売ることができます。今はベトナム工場があることが、当社の大きな強みになっているんですよ」と、久保社長は満足気に語る。
ベトナム工場はすでにISOも取得。最近は現地従業員による営業活動も始めている。金型はまだ日本でつくって現地に運んでいるが、「金型が現地で調達できるようになれば、もっと多くの分野の仕事が取れるようになる」と、久保社長の期待は高まるばかりである。
決して衰えていないアセアンの重要性
中国への進出ブームは依然として続いている。その陰に覆われ、アセアンの地位は相対的に低下したような印象がある。だがベトナムなどの加盟によってアセアンは確実に力を増している。AFTAは中国や日本との間で自由貿易協定を結ぶことにも積極的だ。通貨危機の傷も癒えた今、アセアンの重要性は決して衰えていないといっていいだろう。
「WTOに加盟したことで確かに中国でも自由に商売ができるようになりました。しかしうちでも、それまで無税だった化学薬品が突然、前年まで溯って関税を支払わなくてはいけなくなるなど、まだ不透明なところはあります。08年に開催される北京オリンピックに向かって、おそらくこれからは増税策がさらに強化されていくでしょう。政府はもう輸出をそれほど奨励していませんから、通関も厳しくなってきました。だからこれからもう一度、アセアン地域が見直される時期がくるはずですよ」(ニホンゲンマ・川崎社長)
「SARSなどを契機に、最近は中国にしか拠点がないのは危険だと考えベトナムなどに出てくる企業が現れ始めています。中国は人件費も上がっており、いずれ元の切り上げもあるでしょうから、コスト面ではベトナムも負けていません」(ダイヤポリ・久保社長)
中国とアセアンを単純に比較してもあまり意味はないだろう。ただ、ブームに流されるようにして進出先を決めていては、いずれ綻びが出てくるかもしれない。視野を狭めずに、自らの業種や業態、顧客やマーケットの動向、当該地域の政治情勢や経済動向などを十分見据えながら海外戦略を考え、適地を見つけてほしい。
DATA
■メテック北村株式会社
代表取締役/北村隆幸
資本金/9700万円
従業員/141名
事業内容/電子部品・機械部品の表面処理めっき
本社/京都市南区上鳥羽藁田町1
<分業体制>
本社:少量多品種生産、試作品開発
タイ:量産品製造(主に現地市場向け)
シンガポール:高付加価値製品製造(同上)
マレーシア:シンガポールとタイの中間(同上)
■株式会社ニホンゲンマ
代表取締役/川崎実
資本金/4億1000万円
従業員/130名
事業内容/ハンダ及びハンダ付関連機器の製造・販売
本社/大阪市淀川区三津屋中3-8-10
<分業体制>
本社:開発・技術拠点
マレーシア:アセアン地域および欧米向け生産・輸出拠点
香港・台湾:中国市場向け生産・輸出拠点
■川口薬品株式会社
代表取締役/北村和男
資本金/3600万円
従業員/70名
事業内容/化学薬品の製造・販売
本社/東京都中央区日本橋本町3-9-2
<分業体制>
本社:技術サポート、研修、情報収集
インドネシア:国内、海外(日本、インド、中近東も)向け生産・輸出拠点
■ダイヤポリ株式会社
代表取締役/久保皓嗣
資本金/3000万円
従業員/86名
事業内容/プラスチック成形加工・販売
本社/大阪府南河内郡千早赤阪村水分801-2
問合せ先/sumiyoshi@diapoly.co.jp
<分業体制>
本社:営業、技術指導、生産委託
ベトナム:組立・成形、現地日系企業・日本向け輸出、将来は米国も視野
|