
実務経験のある国際化支援アドバイザーの視点で、中小企業の海外展開に必要とされる実務情報を掲載しています。
ベトナムは1990年代前半以降、日系企業の投資先として最も注目される国となっており、現在ではおよそ1600社の日系企業が進出しているといわれています。そこで今回は、ベトナムの現状や投資環境、日系進出企業の抱える問題などについて、簡単に述べたいと思います。
正規の統計資料はありませんが、ベトナムに進出している日系企業の数(駐在員事務所を含む)は、ハノイ市周辺で371社(2009年11月末現在のハノイ日本商工会加入企業)、ホーチミン市周辺で472社(2009年12月1日現在のホーチミン日本商工会加入企業、準会員を含む)あるのに加え、商工会に未加入の企業がベトナム全土で700〜800社あるとされており、日系企業の総数は1600社前後と推定されます。このうち半数以上が製造業であり、大多数は中小企業です。
上の図1は、2002年から2009年上半期までの日系企業の進出状況の推移を示したものです。2005年に中国で発生した反日デモの影響でベトナム進出にがぜん弾みがつき、「チャイナ+1」のキャッチフレーズの下、2008年まで日本からの投資は順調に拡大しました。しかしながら、2009年は世界的な景気後退の影響で、投資は大幅に減少しています。
ベトナムは法整備を進める中で、外資企業、特に製造業に対する税制上の優遇措置をとってきました。しかしながら、2009年1月より改正法人所得税法が施行され、法人所得税率が28%から25%に引き下げられた一方で、新規進出企業に対する優遇措置の対象は、遠隔地や山岳地などの貧困地域、ハイテクパーク、高度な技術・科学研究分野、国家の重要インフラ開発などへの投資に限られ、一般的な製造業には付与されなくなりました。また、近年は最低賃金が上昇傾向にあります(図2参照)。
次に、ベトナムに進出する日系企業が抱える課題について述べます。
進出企業数が少なかった2000年代初頭であれば、人材を募集すれば履歴書が山のように集まりましたが、現在は各社とも人集めに苦労しています。工業団地近辺ではすでに労働者が不足しているため、住宅や住宅手当の提供を条件に周辺地域で採用を行う企業も増えています。
賃金については、中国の沿海部、タイ、インドネシアなどと比較すれば依然として2分の1から3分の1の水準ですが、前述の通り、ここ数年で2倍以上に上昇しており、あまり楽観はできない状況にあります。
ここ10数年に渡り、日本におけるベトナムの人材に対する評価は「勤勉で手先が器用な、豊富な労働力」というものでした。ただ、この言葉があまり検証されずに宣伝され過ぎたため、現地に赴任してから戸惑う駐在員もいます。当然ながら、ベトナム人のすべてが勤勉であるというわけではありませんから、採用・評価にあたってはきちんと精査する必要があります。ベトナムに限らず東南アジア全般でいわれることですが、勤勉で黙々と働くのは概ね女性であり、そのような資質を持つ男性を探すのに苦労している企業は多いようです。また製造業の場合、高等教育を受けた技術系の人材が不可欠ですが、進出企業による評価は下記のようなものです。
(1)知識や概念は持ち合わせているが、実務上の知識や実習の経験が不足している
(2)高等教育を受けたエンジニアはプライドが高い
(3)現場で汗を流し、油にまみれることを嫌がる
彼らの概念では、エンジニアの仕事とは手を汚さない設計などのデスクワークであり、製造現場での作業を見下す傾向があるようです。そのため、日本式の現場主義を要求すると、技術系の社員が定着しません。このような理由から、現場で働くことを厭わない専門学校卒や研修生として日本で働いていた経験のある人材を重用する企業もあります。
ベトナムでは日本語ができる人材はまだ少なく、特に技術系の人材はまずいないと考えた方がよいでしょう(英語であれば可)。一方で日本人の側も、ベトナム語ができる人はほとんどいませんし、海外での勤務経験のない人はたいてい英語力も不十分です。したがって多くの日系中小企業では、日本語の通訳を採用して現地社員とのコミュニケーションを図っています。とはいえ、通訳が日本人の話すスピードや話し方(たとえば、学校では「です・ます」調以外は教えない)や専門用語に慣れるには時間がかかります。特に新卒の現地スタッフを採用した場合、最初の1〜2年はイライラの連続かもしれませんが、気長に温かい目で見守る必要があります。
社内の共通語を日本語にするか英語にするかは悩むところですが、会社として長期的な活動を考えるのであれば、日本語とすることをお勧めします。言語は文化の礎ですから、日本語を共通語とすればベトナム人にも日本的な考え方が伝わり、これが蓄積されれば、会社にとって大きな財産になると考えます。
日系中小企業では、人件費の問題もあって日本人駐在員数は1〜2名の企業が多いようです。さらに、企業としての活動は製造がメインですので、駐在員の大多数は製造関係の技術者になります。そこで問題となるのが、経営管理面です。
ベトナムでは、税務面での行政への報告義務がなかなか厳しく、申告や納付が遅れた場合にはペナルティもあります。とはいえ、経営管理をベトナム人スタッフに丸投げしてノーチェックのままにすると、不正の温床にもなりかねません。技術系の駐在員には、慣れない地での製造業務だけでも大仕事ですが、人事労務、会計、税務など不慣れな業務も担当せざるを得ないことを覚悟しておいてもらったほうがよいでしょう。
日系を含む外資企業による進出案件が大きく減少する中で、ベトナムでは1年ほど前までややバブル気味であった工業団地や事務所のリース料が下落している状況にあります。また、転職を繰り返すジョブ・ホッピングの機会も減ったことから、管理職、エンジニア、通訳などの賃金高騰も収まったようです。こうしたことからベトナムの投資環境は、投資ブームだった2008年と比べて“値頃感”が出ています。
残念ながら日系中小企業の場合、自社の判断というより他社の動向を見て進出を決定する傾向が強いのですが、今後各企業に必要となるのは、本当にベトナム進出にメリットがあるのかどうかを自社で判断することです。
2008年12月に経済産業省とベトナム商工省は、日本・ベトナム経済協定(日越EPA)の署名に際して「ベトナムの裾野産業育成に関する経済産業省とベトナム商務省の間の協力に関する文書」に署名しました。これには、素材、部品の多くを日本などからの輸入に頼らざるを得ないベトナムの現状を克服するため、日越EPAを通じた関税の撤廃とあわせて、人材の育成、産業インフラ開発などの協力内容が含まれています。またベトナムでは現在、裾野産業に対する優遇措置を検討しており、公表されたドラフトによれば、裾野産業分野への進出企業は利益が出てから4年間は免税、その後の9年間は50%減税が享受できるとしています。
日本では、ベトナムの新幹線や原子力発電所の建設などが大きな話題となっています。確かに、先進技術の導入はベトナム政府としても自国民に国家建設の方向性を示すうえで重要なことでしょう。しかしながら、ベトナム政府としては、着実な製造業の発展を優先し、そのための道路・電力などインフラの整備、工業団地周辺での住宅の建設、人材の育成になどに、より重点的に取り組む必要があると考えます。
1985年大学卒業後、日本での会社勤務を経て、1994年12月よりベトナム在住。ハノイ、ハイフォン、ホーチミンの3都市での勤務経験を持つ。現在、日越合弁による投資・会計コンサルティング会社代表。専門分野は投資、人事労務。
(2010年2月 掲載)
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