新聞・雑誌での紹介記事

TKC  『戦略経営者』 2016年9月号

第2特集 
(『戦略経営者』2016年9月号より転載)
 

後継者が育つ理想のプロセスを探る
「覚悟」を促す中小企業大学校の10ヶ月の研修 

中小企業経営者の抱える悩みの上位に必ずランクインするのが「後継者不足」。近年、とくに2世、3世の後継拒否直面する社長が急増しており、彼らの悲哀は想像に難くない。どのようにして息子(娘)を経営者として育てればよいか。中小企業大学校東京校の10ヶ月研修を取材して探ってみた。
 7月21日、22日と、今年も中小企業大学校東京校の経営後継者研修ゼミナール論文発表会が行なわれた。中小企業経営者にとって後継者確保は永遠のテーマ。親族内承継の割合が激減しつつある昨今、会社存続への不安感はいや増しに増している。

親子ともども卒業生

 「息子(や娘)が継いでくれない」と嘆く経営者たち。理由はさまざまだが、同校の経営後継者研修からはその一端が見えてくる。例えば、論文発表会では、若き後継者たちがプロジェクターを使いながら堂々と自社の分析を行い、観客席の親が感激するという場面が頻出する。また、カリキュラムの一つである”親子面談”では、お互いが会社について熱く語り合う風景を目撃する。それらは、裏返せば普段のコミュニケーション不足の現れととらえることもできのではないか。
 経営後継者研修では、社長の2世、3世を中心に、若き後継者が10ヶ月もの間、寮に泊まり込み、経営理念から財務、マーケティング、経営戦略、人的資源管理、法務、経営計画の作り方など実践スキルを学ぶ。座額、演習、自社課題分析に加え、4名の講師(メンター)がゼミナールを通じた特別指導を実施。最近では親子ともども卒業生という会社も増えてきている。
 開講は東京校だけだが、北海道から沖縄まで全国から受講生が集まり、後継者に必要な知識を積み、責任感を醸成していくとともに、人脈構築の意味でも効果を実感するという声が高い。
 全体像は図表の通りで、行き着くところは「自社分析」である。自社を正しく分析し、後継者の気付いていない魅力を再発見することができれば、子どもは後継者としてのマインドを自然と持てるようになるはずだとの考え方だ。

「経営後継者研修」の全体像

「経営後継者研修」の全体像

基礎的能力の定着に期待

 それにしても、この10ヶ月という研修期間の長さはほかに例がないだろう。しかも寮生活なのでまさに「合宿」である。そのため、後欄のケーススタディーのいくつかで言及されているように、「最初は二の足を踏んだ」という受講者が多い。当然かもしれない。しかし、その分、受講者自身の明確な目的と覚悟を求められる上、「徹底」「集中」「繰り返し」による、経営に必要な基礎的能力の定着が期待できる。

 今回の取材においても、「目的」と「覚悟」をメンターたちによって腹落ちした、後継者たちのしっかりとした経営者意識を感じ取ることができた。また発表の内容や言葉遣いにも、徹底的かつ集中的に繰り返された知識の集積が感じられた。

 さらに経営後継者研修では、同窓生はもちろん、多数の卒業生とOB会でつながり、あるいは、ゼミの講師、講義などで登壇する約40名の講師(税理士、中小企業診断士、弁護士など)との親密な関係性を新たに確保することができる。これも通常では考えられない人脈といえるだろう。

 ともあれ、同研修は、国が行っている唯一の後継者育成プログラムであり、36年の歴史を誇る。卒業生は1100名超。定員は20名が原則だが、近年は注目度が増し、受講希望者が増加傾向にあるという。ちなみに本年度は25 名が「論文発表会」に挑んだ。

 今回は、そのなかから3名の受講者の論文発表と個別インタビューを敢行。後継者が育つプロセスを探ってみた。

自社分析と自己変革が経営者としての自覚を促す

 新館建設 新舘豊浩さん

 「2100年に至るまで成長・発展し続け、社員が誇りを持って、笑いながら働いていける会社を目指したい」と、第36期経営後継者研修のゼミナール(卒業)論文発表会の冒頭で力強く宣誓したのは新舘建設の後継者・新舘豊浩さん(28)。

そんな新舘さんも、この研修に参加する前は「会社を継ぐことに関してはもっぱら自信がなかった」というから面白い。

新舘豊浩さん

新舘豊浩さん

先代の急逝で訪れた危機

 新舘建設は1957年設立の中堅建設会社。創業事業である電力工事部門を柱に、公共工事中心の土木部門、そして、洪水対策のための雨水貯留浸透事業や土壌汚染調査・浄化事業を手がける環境部門、という三つの事業分野を持つ。

 しかし、2年前、中興の祖であり、トップとして会社をひっぱっていた先代(豊浩さんの父)が都内の協力会中に急逝。青天のへきれきだった。やむを得ず、豊浩さんの母親の智子さんがつなぎとして社長に就任する。

  「当初はまずまず順調に回っていたのですが、徐々に内部でのあつれきが出てきて、社員がまとまらなくなってきた。加えて、先々代に当たる祖父(新舘豊現会長)も90歳を超えながらもご意見番として健在です。そのほか、幹部に就任している親族などからのプレッシャーもかかり、母も大変だっただろうし、いまも大変な思いをしているのではないでしょうか」(豊浩さん)

 要するに、存在感で組織を束ねていた先代というカリスマを失い、社員のたがが緩んでバラバラになりかけていたのである。そのような状況を抜け出すには、やはり、次のカリスマをつくり出すしかない。その資格を持つのはまずは先代の息子である豊浩さんということになるだろう。

決め言葉は「経営をまかせてほしい」

決め言葉は「経営をまかせてほしい」

周囲から認められるように

 実際、智子さんはもちろん、経営陣である副社長や当時の専務取締役も、豊浩さんのトップへの就任を後押し。中小企業大学校の経営後継者研修への入学を勧めたのも専務だった。

 「大学生時代のアルバイトを含めると10年間、現場と事務の両方を経験してきて、それなりの経験値はありましたが、いかんせん財務など経営の勉強をまったくしていなかったし、父がいなくなって教えてくれる人もいない。10カ月という長期にわたる寮生活に不安もありましたが、当研修への受講を決めました」

 開講してからは、月曜~金曜は寮生活。土曜、日曜に世田谷区の会社に戻り、幹部や社員たちとコミュニケーションをとる毎日を続けた。また、ある意味での「キーマン」である祖父との会話も、毎日曜日に必ず行うようにした。

 「そうすると周りからだんだん認められるようになってきました。当初は疑心暗鬼だった祖父も私を後継者と考えるようになりましたし、幹部や社員からの信頼も感じるようになってきた。数人の部門の長からは、週に数度、”これはどうすべきでしょうか”などと、仕事の相談の電話が来るようにもなりました」

 わずか28歳の若者が、歴戦の部門長たちに相談を受けるようになる──これ自体、すでに豊浩さんが、会社の後継者として認められつつある証明であろう。

自らを積極的にアピール

 豊浩さんが経営後継者研修で所属したのは大島康義(中小企業の事業承継コンサルティング会社”後継者BC研究所”代表)ゼミだった。

 「事業承継は相続とは違い、待つものではない」「超友好的に乗っ取っていくことが必要」「父親の持っている資産や能力をM&Aしていくのが後継者の仕事」などといった大島氏の持論に、豊浩さんは大きな影響を受けたという。この後継者として自らを積極的にアピールしていく精神を、祖父である豊会長にもことあるごとにぶつけていく。自信にあふれた豊浩さんの「言葉」に、懐疑的だった祖父の心も解け始める。「これなら任せられる」という気持ちが出て
きたのだろう。

 また、豊浩さんの自信の背景には、研修を通じたマネジメント知識の習得によって、自社を客観視できるようになったことが大きい。今回の論文発表会においても、まず、自社のROA(総資本利益率)と純資産比率の低さを指摘。つまり「収益性」と「安定性」が低いために、東京オリンピック後に予想される景気低迷期に危機を迎える可能性が高いことを力説した。その上で、原発事故以来、利益を上げにくくなった電力部門のコストを絞り、比較的付加価値の高い土木、環境の両部門の売り上げ拡大を目指していく具体的方針を示した。

新館智子社長

新館智子社長

「人間力を磨くこと」

 現社長の智子さんも、この発表を聞いた上で、「祖父(豊会長)が元気なうちに早く息子に託したいという気持ちがあります。そのためにはまず人間力を磨くこと。社員が気持ちよく働ける環境と、利益追求を共存させつつ、家族一丸となって事業承継を実現していきたいと思っています」とコメントした。

 研修を終了し、いよいよ自社に帰り、まずは常務取締役として経営に携わる予定の豊浩さん。冒頭記したように、受講前の「会社を継ぐことに自信がなかった」という心境は、いまはどうなったのだろうか。

 「入学する前よりもはるかに自信はつきました。というより不安がなくなったという感じでしょうか。24名の同窓の仲間も全国にできたし、加えて、OB会も頻繁に開催されているので、経営の悩みを相談する機会が圧倒的に増えました。もし、この研修に参加していなかったら、まったくひとりぼっちだったかもしれません」

 この自信を裏付けるように、発表の場では、次のような言葉を発して、聴衆をわかせている。

「母や副社長の心労を軽減させるためにも、私に経営をまかせてほしい。そして、私の考える”すばらしい未来”を発信していきたいです」

 そして、「”私がいるから安心だ” ”この人のために働きたい”と社員に思ってもらえるようになりたい」とも・・・。だとすれば、現社長 智子さんの言うようにまずは「人間力を磨くこと」が必要。そのためには「社員の気持ちを知ること」が大事になると、豊浩さんは強調する。

 今回の中小企業大学校の後継者研修によって、豊浩さんが得た”最大のもの”とは、小手先の経営ノウハウではなく、「経営者としての根本に関わる精神的心構え」だったようだ。

COMPANY DATA
新館建設株式会社
設立 1957年
所在地 東京都世田谷区鎌田2-12-13
売上高 25億5000 万円
社員数 約100名
URL http://www.niidate.co.jp/index.htm(新規ウインドウ)

社員が主体性を持って働ける会社に変革したい!

奥平 奥平将勝さん

 家具生産の一大拠点として知られる福岡県大川市。インテリア金物の卸販売をする奥平の本社はそこにある。同社の後継者、奥平将勝さん(28)もまた、中小企業大学校東京校の「第36期経営後継者研修」に参加した。父が経営する奥平に入社してからまだ1年半ほど。その前は、冷凍冷熱機器などを製造するメーカーで設計の仕事をしていた。しかも奥平に入社してすぐに、米国に語学留学したため、実務経験はまだ少ない。

 「後継者研修に参加したのは、父親の勧めからでした。自分では教えきれないから、学校で学んできてほしいとのことでした」 

 研修カリキュラムには、「経営戦略」「財務」「マーケティング」などの講義のほか、ゼミなどグループディスカッションを中心としたものも少なくない。経営に関する知識を体系的に学べる中身となっている。

 奥平さんは大学時代、「情報系」の学部で学んだバリバリの理系。経営学をきちんと学ぶのは今回が初めてだった。そのぶん授業はどれも新鮮なものに感じられた。

 「語学留学したとき、一から商売をはじめる知人の手伝いをしたこともあり、ビジネスがどういうものかは肌感覚でつかんでいました。そのうえで経営に関する理論を学べたので、10カ月間におよぶ研修はとても有意義なものでした」

 ただ、研修で学ぶ「理想の経営」と、実際の「中小企業の現実」とのギャップの大きさに複雑な感情を抱くことも少なくなかった。たとえば人事給与制度はどの会社にもあるかのように語られているが、よくよく自分の会社を思い返すと「あれ? ないな」だった。まわりの研修仲間に聞いてみても、「うちもない」との声ばかり。「社長が鉛筆なめなめ」で給与額を決めているところが、いまだに中小企業には少なくないのだ。自分の会社を「理想の経営」に近づけるまでの道のりは遠いように思えた。

 「誰かが意識して動かないと、あって当然の仕組みがいつまでたっても作られないままとなる。それができるのは、経営学を体系的に学んだ自分自身だと考えています」

奥平将勝さん

奥平将勝さん

苦手な「財務」を克服

 奥平さんが特に力を入れて勉強した教科は、「財務」だったという。小林茂之氏(コンサルネット代表)が担当するゼミに入ってすぐに言われたのが、「財務を苦手にしているようだから、簿記の資格を取ってみてはどうか」とのアドバイスだった。その言葉に素直に従って、簿記3級を取得した。これをきっかけに、財務がみるみる分かるようになった。

 「当初、財務と経営は別物だと思っていたのですが、次第に財務がわかってくると両者は表裏一体のものだと感じるようになりました。決算書の数字が単なる数字ではなく、ちゃんと”生き物”として見えるようになったんです」

 会社の決算書には、社長の”人となり”がにじみ出るとよく言われるが、それが理解できるまでに成長したのである。

 「例えば利益の積み上げ方や保険のかけ方などを見るだけで、社長の性格や、『こういう考え方で経営をしているんだろうな』といったことがだいたい想像できます」

 その眼力をもとに、奥平の決算書をあらためて見たところ、ふだん父親と話さないことも数字の上から知ることができたという。特に注目したのは50%以上を超える自己資本比率の高さ。安定した経営を追求していることがこの数字からも読み取れた。

 そんな奥平を今後さらによくしていくためにはどうすればよいか。その視点でまとめたのが、「奥平の未来構想」という論文だった。経営後継者研修のフィナーレを飾る「ゼミナール論文発表会」のために作った、”卒論”である。

 現在、奥平が一番の主力商品にしているのは、食器棚やテレビボードなどの引き出しに使う「レール」。そのあとに「ハンドル(取っ手)」や「ステー」「脚金物」などが続く。これらの商品をもっと売っていくためには何が必要か。奥平さんが目を付けたのは、会社の根本的な問題を見つけて、それを解決していくことだった。

 「奥平の根本的な問題、それは社長に役回りが集中していることだと思いました。たとえば、どの商品をどのくらい販売していくかは社長がひとりで決めていて、社員はその通りに動くだけなんです」

 つまり社長への依存度が高く、社員の主体性が欠如していることに問題があるというのだ。同じような失敗を繰り返すのは、仕事に対しての当事者意識が希薄であり、その結果「学びが貯たまらないからではないか」と奥平さんは分析する。

キッチンの機能金物などを取り扱う

キッチンの機能金物などを取り扱う

研修で思考パターンが変化

 ではその問題を解決するためにはどうすればよいのか。奥平さんはこんなビジョンを描いた。

 「いまは社長の属人的な『志』に従業員が付いてきてくれている感じですが、『将来ありたい姿』を目指して、社長や従業員たちが主体性をもって仕事に取り組む組織に変えていければと思っています」

 具体的には、少数精鋭(2~5人)のプロジェクトチームを部門横断的に結成し、動かしていくやり方を考えているという。そうすることで、顧客にもっとも近い場所にいる営業スタッフなどの意見を商品の販売戦略に落とし込んでいけるようになるのだ。

 「こうした体制を社内に根付かせるためには、私自身が『将来ありたい姿』実現への一番の実践者になる必要があります」

 今年7月に行われたゼミナール論文発表会の壇上には、これらの未来構想をしっかり前を向いて説明する奥平さんの姿があった。会場には父親の奥平雅章社長のほか、研修が終わった翌日から一緒にハワイに新婚旅行に出掛けるという奥さんの姿もあり、熱心に耳を傾けていた。

 奥平さんは「この10カ月間の研修で自分の思考パターンがずいぶん変わった」という。以前は、「戦略的に見てどっちがよいか」でものごとを判断するクセがあったが、ゼミ担当の小林氏から「君は策に溺れている。理屈だけで考えるのではなく、従業員と気持ちでつながっていないと組織はうまく回らないよ」と、指摘を受けたことから、独りよがりの考え方ではダメだと意識するようになった。

 「ほかの人とは学びの方向が少し違ったかもしれないけど、とても重要なことを今回の研修を通じて学べたような気がします」

奥平雅章社長

奥平雅章社長

COMPANY DATA
株式会社奥平
創業 1947年
所在地 福岡県大川市鐘ヶ江374-1
売上高 10 億円
社員数 25名
URL http://www.okukana.jp/(新規ウインドウ)

”美点凝視”で会社の長所をクローズアップ

村田発條 村田雄郎さん

 「言葉では言い表せない感謝の気持ちでいっぱいです。今後、少しでも恩返しができるように頑張りますので、これからもご指導お願いします」

 村田発條の創業家一族の血を引く村田雄郎さん(35)は、中小企業大学校・経営後継者研修の卒業式にあたる「ゼミナール論文発表会」の会場に来ていた磯昭典常務にこう謝辞を述べた。2011年9月、当時の社長であった村田さんの父親がインドで急逝した。それからの5年間、会社を守り発展させてくれたのが、現在の社長である高橋純夫氏と磯常務だった。そして、自分を後継者と認め、10カ月間にわたる研修を受けさせてくれたことにも深く感謝していた。

 前社長が急逝した際、残された経営陣は御曹司である村田さんをいずれ社長にするために何をすればよいかを話し合った。その頃、村田さんは中国子会社の立ち上げに奔走していた。まずはそれを成功に導いたうえで、海外拠点を含めたグループ全体で約900人が働く会社のトップにふさわしい「経営学」をいかにして身に付けてもらうかを相談したという。そこで浮上したのが、中小企業大学校の経営後継者研修への参加だった。磯常務がいう。

 「この先、会社経営に携わるなかで大きなカベにぶち当たったり、悩んだりすることもあるかと思う。経営後継者研修に参加することで、そうしたときの”道しるべ”になるものを何か学び取ってきてほしいと考えました」

 現在、会社のかじ取りを担っている高橋社長、磯常務、安在裕志常務の3人は、村田さんとは血縁関係がない。にもかかわらず、自分の将来を深く案じてくれている。村田さんは、このことが涙が出るほどありがたかった。

村田雄郎さん

村田雄郎さん

ゼミでの実地訓練

 会社の大きな期待を背負って、村田さんが中小企業大学校東京校の門をくぐったのは、昨年10月。集中的に勉強できるのはこの機会しかない。プレッシャーよりも「チャンスだな」という前向きな気持ちのほうが勝った。

 最初の頃は、後継者としての心構えといった「経営者マインド」を身に付けることを目的とした講義が多かったが、やがて「経営戦略」「マーケティング」「財務」といった経営スキルの習得を狙いとしたものが増えていった。

 「なかでもゼミが一番好きでした。会社をよくするための市場調査や商品分析などをして、最終的にいくつかの改善策に行き着くプロセスが面白かったですね」

 坂本篤彦氏(ビジネス・コア・コンサルティング代表)の指導を受けながらの、まさに実地訓練だった。ある雑貨店に対し、集客力向上を狙ったイベント開催、商品構成の一部変更、カフェの併設などを提案したところ、そのうちのいくつかが評価・採用されたこともあった。また、ゼミでは論文作成の指導も受けた。その集大成とも言えるのが、ゼミナール論文発表会のために作ったパワーポイントの資料だった。タイトルは「自社の強みと取り組むべき課題」。ばねの製造販売を主業務内容とする村田発條の「過去・現在・未来」について分析した。

 「研修を通じて、さまざまな角度から自社を見ることができました。それらを統合的に見つめ直し、今後の進むべき方向性を決める内容に仕上げました。つまり、自社に戻ってから何を念頭に仕事に取り組むかを明確に整理しておこうという気持ちがあったのです」

磯昭典常務

磯昭典常務

25年後のありたい姿

 同社の主力製品は、自動車のエンジンに使われる「バルブスプリング」や、変速機に使用する「ダンパースプリング」。バルブスプリングについては、4トン以上の普通トラックの国内シェアをほぼ独占している。創業は1913年。
栃木県宇都宮市で村田金物店としてスタートした。以来、成長と衰退を繰り返しながら、会社を成長させていった。米ミシガン州、中国、メキシコに子会社を設立し、グローバルな展開も行っている。

 村田さんがゼミナール論文発表会の壇上で強調した村田発條の強みは、「ばねの専門集団であり、国家資格『金属ばね製造技能士』の有資格者が大勢いること」がまずひとつ。さらに、「大手優良メーカーが主要客先であり、信用と実績があること」や「高度なばねの開発設計、解析能力があること」なども、会社の強みとして掲げた。

 「このほか、『冷間成型のさまざまなばねを設計製造できること』もあげられます。現時点で社内図面登録数は約1万アイテム、毎月約3600種類のばねを出荷しています。世界一の多品種生産ばねメーカーだと自負しています」

 また、村田さんは自社を取り巻く「外部環境の変化」についても言及した。会社にとってチャンスと言えるのが、「世界自動車生産台数の伸び」。四輪車の世界生産台数は2014年度の統計で8975万台。それが2028年には新興国を中心に1億800万台になるとの予想もある。村田発條は自動車関連の売り上げが89%を占める。中国やメキシコに製造子会社を持っていて、世界需要の伸びにきちんと対応できる「受け皿」があることから、さらに会社を発展させられる可能性はあると見ている。

 これを踏まえつつ、村田さんは「25年後のありたい姿」として、1.現在の自己資本比率を40%に引き上げる2.従業員満足度調査で業界と栃木県でナンバーワンになる、の2点を掲げた。

 むろん同社にも組織上の「弱み」もあるし、「脅威」に感ずる外部環境の変化もある。実際、村田さんもSWOT分析(強み・弱み・機会・脅威)を通じて、それらを十分に把握していた。

 「ゼミナール論文のなかでは、坂本先生の指導もあって、ネガティブな話題にはあまり触れないことにしました。『美点凝視』という観点から、会社の良いところをクローズアップさせていった方がよいとの判断からです。結果、社員のみなさんに自信を与えられる内容に仕上がったと思っています」

 ゼミナール論文の制作には、多くの研修生が頭を悩ませる。それは村田さんも例外ではなかった。そんなとき相談に乗ってもらったのが、周りの研修仲間だった。お互いに励まし合いながら、何とか論文を完成させることができたのは、今となってはよい思い出だ。研修生のおよそ7割は寮に入っており、部屋を行き来することも多い。「飲みニケーション」も盛んなことから当然、仲間意識も強くなる。この先、会社経営に関する悩みを打ち明けられる友人を見つけることができたのは、村田さんにとって大きな収穫だった。

 「会社に戻ってからは、研修で学んだ知識を実務に生かしていきたいですね。世界で3番目に開発に成功した特殊なスプリングを拡販していくうえでも、この10カ月間で学んだことがきっと役立つはずです」

村田さんの論文発表

村田さんの論文発表

COMPANY DATA
村田発條株式会社
創業 1913 年12月
所在地 栃木県宇都宮市平出工業団地20-4
売上高 約84 億円
社員数 307 名(平成27 年12月1日現在)
URL http://www.mscspg.co.jp/index.html(新規ウインドウ)

 

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TKC  『戦略経営者』 2016年4月号

 戦経レポート ナショナル商事
(『戦略経営者』2015年9月号より転載)
 

社員の働くモチベーションを高め地域で愛される会社をつくる

 福島県福島市に本社を置く「こんの」は、古紙などの再生資源を卸売りするリサイクル企業。
3代目の紺野道昭社長(49)は、先代からの事業承継、古参の社員との確執などの苦難を乗り越え、こんのを地元を代表する優良企業に育てた。
その原動力になったのが、社員の人間力向上を目的とした多種多様な研修、社内イベントの開催、地域貢献活動などの取り組みだった。
 今年2月、「中小企業大学校東京校・経営後継者研修(※)OB合同研修会」で紺野社長が講演した内容を採録する。

こんの・みちあき

こんの・みちあき
 株式会社こんの「従業員の幸せ向上担当&代表取締役社長」1967年3月、福島県福島市生まれ。2年間の会社員生活を経て、25年前にこんのに入社。2000年、社長就任。趣味はネクタイ取集とラクビー観戦。

古紙リサイクルを通じ森林資源保護に貢献

 私の肩書には、代表取締役社長のほかに、「従業員の幸せ向上担当」というものがあります。文字通り、従業員全員を幸せにすることを心に誓って日々、経営をしています。
 本社は福島市にあって、ほかにも北海道や宮城県、そして関東地区(埼玉、都内)に営業所があります。関連会社のアイクリーンを含めて現在、従業員が154名います。仕事の内容は、再生資源卸売業。年間18万トンの古紙を収集して、再生紙の原料として製紙メーカーに販売しています。紙1トン作るのに30年ものの立ち木が20 本必要といいます。私たちが収集している古紙を換算すると、千代田区の面積と同じくらいの森林資源を保護していることになります。むかし私が小学生の頃はぼろ屋の息子、くず屋の息子と呼ばれていました。自分としてはいい仕事をしているつもりですが、まだまだ不人気産業であるのは確かです。

 

男性社員はパンチパーマ荒くれどもの集団だった

  さてここから、なぜ私が従業員の幸せ向上を願うようになったかをお話していきたいと思います。
  私が2年間の会社員生活を経てこんのに戻ったのは、今から25年前のことでした。当時の男性社員はみんなパンチパーマ。メガネは斜めになっていて、エナメル靴のかかとを踏んでいるというのがお決まりの格好で、それがわが社の制服制帽のようでした。いっそ社名を「紺野組」にしたほうがいいんじゃないかという感じでした。無断欠勤やケンカは当たり前。ぶちきれた社員がフォークリフトで建屋に突っ込んでくるということもありました。とにかく今では想像がつかないほど気性の荒い、荒くれどもの集団というイメージでした。
 そんな社員をひとつに束ねていたのが、先代の父でした。社員に向かって「あつかうものはくずでも、心までくずになるな」と口癖のように言っているなど、仕事には厳しい父でしたが、社員旅行や懇親会の場では率先してみんなを喜ばせたり、楽しませたりしようとする社交的な顔を見せていました。だから従業員たちからは慕われていました。
 入社してからの私はというと、無断欠勤した社員の補てんに入る毎日で、朝早くから夜は次の日にならないと仕事が終わらない。3時間くらい寝たらまた会社の生活で、どうして会社を辞めなかったのかと今でも不思議なくらいです。
 その後、父から事業承継して私が社長になったのは15年前。父は会長に就任しましたが、私のやることすべてに反対し続けました。古参の社員からは「会長の部下だが、社長の部下ではない」とはっきり言われたこともあり、父の時代から働いている人たちとの関係は最悪の状態でした。そんな環境の中でとにかく私は「なめられてはいけない」と、必死にトップダウン型の強い自分を演じていました。でも社長に就任してすぐの決算では、過去最悪の赤字を出すなど、業績はぱっとしませんでした。社内で私はだんだん孤立していきました。
 このままでいいのか、会社を変えたい、自分を変えたい。それをなし得るきっかけは、体調を崩して入院したときにふと手にした本にありました。その本に感銘を受けて以降、本を読む習慣が生まれるとともに、自分にとって必要だと感じた勉強会やセミナーにも足を運ぶようになりました。少しずつ自分の考えや行動に変化が生まれ、よいと思ったことを会社の中に取り入れるようになりました。従業員が勉強できる場をつくって、「社員教育」に力を入れるようになったのは、この時期からでした。

 

古参の社員たちと膝詰めでの話し合い

 しかし父からは「無駄なこと!そんなことをするなら仕事をしろ」と怒鳴られるだけ。古参の社員も、私が何をしたいのかよくわからなかったようで、あるとき「社長と社員で話し合う場がほしい」と言われました。私は下戸でお酒が飲めません。だから、会長とは違って、お酒を通じて社員と親睦をはかるようなことがあまり得意ではありませんでした。その反省もふくめて、社員からの要望に応えて泊まりがけの合宿で社員たちと膝を突き合わせて話し合うことにしました。
 そこでは、会社に対するさまざまな不平不満が私に浴びせられました。そして社員から一つの質問をされました。
「社長にとって社員はどんな存在ですか?」
 唐突な質問に戸惑いましたが、そのとき私はこう答えました。
「社員は宝だよ」 
 思わず反射的に口にした言葉でした。それが社員にどう伝わったかは、私にはわかりません。ただこの言葉は「社員と私との約束」のようなものだと捉え、「心からそう思って行動できるようになろう」と胸に誓いました。すると不思議なもので、社員との距離が少しずつ近づいていきました。
 あるときベテランの役員からこんなことを言われました。「会長時代はいかに商売で数字を出すかに重点を置いた体制作りをしていましたが、社長は継続的に発展する基盤となる『人財育成』に力を入れようとしているんですね。私からも会長に人財育成の大切さを説明しますので、一緒にがんばりましょう」。この言葉を聞いたときは心底うれしかったですね。
 それから本格的な社員教育に取り組むことになりました。少しずつ会社の雰囲気も変わっていき、顧客、取引先、地域の方々からの評判にも変化が出てきました。さらに業績も伸び、2013年には過去歴代2位の売り上げを達成することができました。
 しかし、このころ父は体調を崩して闘病中でした。決算報告のために病院に向かい、自信満々で父に報告しました。ほめてもらえると心の中で思いながら父の言葉を待つと、「足りないな」の一言。結局、ほめてもらうことはできませんでした。
 翌年、父は他界しました。いまにして思うと父の厳しさは、私をよき経営者にするための「帝王学」のようなものだったのでしょう。父を失ってからそのことに気づきました。焼香に来てくれた父の友人によると、本当は私の成長を喜んでくれていたそうです。父の友人が私のことをほめたとき、父は満面の笑みを浮かべていたといいます。

「掃除」で感謝の心を教わった貴重な体験

 これまで述べてきたような経緯から、私は従業員を宝とみなし、みんなが勇気と活力を持って働ける会社にしていくことを自分の役目だと思うようになりました。その実際の取り組み内容についていくつかご紹介します。 

1.多種多様な社内イベント

 たとえば、毎年1月の第2日曜日に「新春の集い」という名称で、北海道から東京までの全社員を集めた社内イベントを開催しています。「最優秀社員賞」の表彰が大きな目玉で、受賞者にはチャンピオンベルト(宝石以外は本物)を贈呈するとともに、家族を突然ステージに登場させるといったサプライズも用意しています。 

2.社員研修

 質ではなく、量なら日本一という自信があるほど研修には力を入れています。私自身が講師を務める新入社員研修のほか、会社全額負担で優れた企業を見学(ベンチマーク研修旅行)に行くことも研修活動の一環です。全国のさまざまな会社を訪問しましたが、なかでも印象深かったのが伊那食品さん(長野県伊那市)。従業員のみなさんの車が等間隔にきれいに並んだ駐車場を見学したりするうちに、50期以上増収増益を続けているのも当然の結果だと思えてきました。 

3.掃除に学ぶ

 イエローハット創業者・鍵山秀三郎さんの薫陶を受け、地域の清掃活動(きれいにし隊)を社員教育の一つとして行っています。鍵山さんの講演を初めて聴きに伺ったのは、社長に就任してあれこれ悩んでいる時期でした。どうすれば会社を変えられるかと、わらをもつかむ気持ちで行ったのですが、90分間の講演時間中、話しているのは掃除のことだけ。「掃除で簡単に会社が変えられるものか」と半分、問いただすような気持ちで講師控室の鍵山先生のもとをたずねたところ、一度イエローハットの本社(当時、東京・目黒)に遊びに来てはどうかと誘われました。約束した日の朝7時に伺ったころ、目黒川沿いをともに歩く形でマンツーマンで掃除の手ほどきを受けました。排水溝のふたを開けての掃除のほか、極めつけだったのが、公園のトイレの掃除。便器が黄ばんだすさまじいトイレでしたが、鍵山さんは素手素足でスポンジを片手にごしごし磨いていく。自分だけが黙って突っ立っているわけにもいかず、頭を便器に突っ込んで90分間くらい磨いていたら、真っ黄色だった便器が真っ白になった。気づけば私はボロボロ涙を流していました。掃除 がいいんじゃないんだと。掃除を 通じて謙虚さや感謝の気持ちを抱くことが大事なんだと。この気づきは、それから会社がよくなるきっかけになりました。 

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(左上)今野社長はことあるごとに「みんな大好き!」と叫ぶという (右上)「新春の集い」の様子 (下)「掃除に学ぶ」姿 

4.残業ゼロ

 現在、1人当たりの月間残業は1・4時間(全社平均)。10拠点中、5拠点が残業ゼロを実現しています。

5.手書きのバースデーカード

 社員全員に手書きのバースデーカードを出しています。また、子どもが生まれた社員の自宅におむつを届けたり、新卒社員の卒業式にお花を届けることもしています。
 

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            社員から誕生日プレゼントをもらうことも多い

6.カフェこんの(社員との対話)

 私はお酒が飲めないため、コーヒーを飲みながら社員と「対話」する時間を大切にしています。社長室に社員を呼んで、会社を今後どうしていきたいんだ、何のために働くんだという話し合いをしょっちゅうやっています。最近は社員のほうから来てくれることも増えていて幸せです。ただ先日、社長室に4時間も居座る社員がいて少し弱りましたが(笑)。
 この他にもさまざまな取り組みを行っていますが、「第5回日本でいちばん大切にしたい会社大賞・審査委員会特別賞」や「第1回ふくしま産業賞・特別賞」といった、各種企業賞を受賞できるようになったのは、これらの活動を通じて周囲からよい会社だと認められるようになったからだと思っています。

(構成/本誌・吉田茂司) 

こんのホームページ

               こんのホームページ

会社概要 株式会社こんの
 創業 1951年
 売上高 35億円
 社員数 154名(関連会社愛スクリーン含む)
 本社 福島県福島市陣場町2-220
 営業所 北海道、宮城県、福島県、埼玉県、東京都
 受賞歴 「第5回日本でいちばん大切にしたい会社大賞・審査委員会特別賞」受賞(15年)、「第1回福島産業賞・特別賞」受賞(16年)

「中小企業大学校東京校・経営後継者研修」
 独立行政法人中小企業基盤整備機構(中小機構)が、国の中小企業施策の実施機関として中小企業の人材育成を支援することを目的に、全国9カ所に設置・運営しているのが中小企業大学校である。東京校では、次代の経営者を目指す「経営後継者」に必要な基本的能力や知識を実践的に習得できるカリキュラム・研修を用意。それを受講し、卒業生となった人が参加するOB合同研修会も定期的に開催している。

 

 

 

 

TKC  『戦略経営者』 2015年9月号

 戦経レポート ナショナル商事
(『戦略経営者』2015年9月号より転載)
 

ある事業承継の『かたち』 

 次代の経営者を目指す後継者の育成を図る中小企業大学校の「経営後継者研修」。ナショナル商事の大石大介さん(26)とその父親である大石正和社長(60)は、親子2代にわたる卒業生だ。2人はこの研修を通じてかけがえのないものを手に入れた。

 

大石正和・大介親子

大石正和・大介親子

親子2代で中小企業大学校の『経営後継者研修』を受講した意味とは

  武蔵野の面影が色濃く残る東京都東大和市。そこに中小企業大学校東京校がある。今年7月23日と24日の両日にわたり、「第35期経営後継者研修」のゼミナール論文発表会がその講堂内で行われた。
 ナショナル商事の大石大介さんは23日午前中、壇上に立った。「自社と自身の将来構想とアクションプラン」について述べる論文の発表は、10カ月間におよぶ研修の集大成。いわば「卒論」だ。第35期の仲間23人や各ゼミの担当講師、そして自分の父親といった大勢の聴衆が見守るなか、自社の「内部固め」をテーマとした論文を発表した。時折ジョークをまじえながら発表する姿は堂々としたもの。論文発表後、大きな拍手が会場に鳴り響いた。翌24日の終講式を経て、大介さんは晴れて中小企業大学校を卒業した。

緑豊かな中小企業大学校東京校

緑豊かな中小企業大学校東京校

10年以内にバトンタッチ

 大介さんが中小企業大学校の経営後継者研修を受講したのは、父親である大石正和社長の強い勧めからだった。いずれ10年以内には、大介さんにバトンタッチしたいと考えている大石社長。どうしても息子にこの研修を受けさせたいと思った。「実は私自身、第2期の卒業生なのです。金融機関などが主催する後継者研修もありますが、自分の体験から中小企業大学校に入れるのが一番いいと思っていました」(大石社長)。
 大介さんがナショナル商事に入社したのは、2年前。一時期、米国に語学留学していたこともあり、実務経験はまだまだ浅い。大石社長がこのタイミングで研修に参加させたのは、まず経営に関する「知識」を身に付けたうえで、それを実務に役立てていったほうがよいとの判断からだった。
 そんな父親の期待に背中を押される形で、大介さんが入学したのは昨年10月。自宅から通学することも可能ではあったが、校舎併設の寮に入ることにした。
 「正直、10カ月間の研修期間は少し長いなと思っていました。実際、最初の2カ月間は1日1日が長く感じられましたが、年が明けたら急に時間の流れが速くなった。いま振り返ると、あっという間の10カ月間でした」(大介さん)
 カリキュラムには、「経営戦略」「財務」「マーケティング」「人的資源管理」など経営スキルの習得を目的としたものに加え、後継者としての心構えといった「経営者マインド開発」を狙いとしたもの等もある。
 「経営者マインド開発の授業では、『会社を継ぐというのはお前らが考えているほど甘くはない』などと発破をかけられたりもしました。今までそんなふうに言ってくれる人はいなかったので大いに刺激になりました」(同)
 1日の研修時間は9時40分から16時40分(土日祝日は休校)。座学スタイルの授業だけでなく、グループディスカッションを中心とした授業も少なくない。座学だけでは一方通行の勉強になりがちだが、グループディスカッションでは、ただ黙っているというわけにはいかない。それなりの知識がないと発言できないので、みんな真剣に勉強せざるを得ない。
 また、「自社分析」を10月から5月までの期間で行っていくことも、研修の受講者に課せられた課題の一つ。講義で学んだ知識(8分野)を生かしながら、いわゆるSWOT分析(強み・弱み・機会・脅威)を行う。
 ナショナル商事は、添加物の卸販売を業務とする会社。1.食品添加物2.飼料添加物3.医薬品添加物の三つを柱としている。1.については主に麺業界に卸しており、ラーメン等の食感改良材、着色料、保存料として使われる。生麺向けの添加物では業界シェア3割を握るという。2.は要するに豚、牛、鶏、魚向けのサプリメントで、飼料メーカーに卸している。3.に関しては、肌荒れ・にきび等の改善に効果的な医薬品(ビタミン剤)の原料となる「ビタミンB2」を中心に販売している。

自社分析で「気づき」を得る

 大介さんが会社の「強み」としたのは、財務体質がよい点や、従業員の帰属意識が高い点など。一方で「弱み」としたのは、採用制度や教育制度など、人を育てるための仕組みがきちんと整っているわけではないところだった。
 そして、「機会」と「脅威」については、TPP(環太平洋連携協定)が深く関わってくるという。国内のブランド家畜(豚や牛)の生産者たちが、海外と差別化するために飼料にもお金を投じるようになればナショナル商事にとっては大きなビジネスチャンスとなる。だがTPPによって豚肉等の関税が引き下げられれば、廃業を余儀なくされる国内生産者が出てきてもおかしくない。だとすれば、それは会社にとっての脅威である。こうした自社分析をしたり、講義を通じて中小企業の実情を詳しく知るにつれ、大介さんはナショナル商事がこれまで自分が想像していたよりもはるかに良い会社だと思えるようになったという。
 「うちには明確な経営理念・ビジョンさえもなかった。研修に行く前は、それを少し恥ずかしいと思っていました。でも、研修に参加したほかの仲間たちの会社も似たり寄ったり。そもそも中小企業の場合は、それが当たり前なんですよね。今まで、どこの大企業と比べていたんだって感じです。研修を通じての一番の『気づき』はまさにそこだったのかもしれません」(同)
 大石社長は、研修を終えた大介さんの成長ぶりをこんなふうに表現する。
 「やっとふつうの言葉で話せるようになりましたね。研修を受ける前は、いちいち『これはこういうことだ』と説明しないと、会社経営に関する議論ができなかった。それが今は、共通言語で会話ができるようになっています。ようやく同じ「土俵」にあがってきてくれた気がします」
 大介さんは大学時代、教育学部で学んだ。だから中小企業大学校に入る前、経営について本格的に学んだことはなかった。その分、ロッククライミングのインストラクターの経験も含めて、「人を育てる」ことには以前から高い関心を持っていた。そんな大介さんがゼミナール論文のテーマに、人材教育に主眼を置いた「内部固め」を選んだのはある意味、当然の流れだったかもしれない。
 「論文発表会のときも話したように、従業員が成長できる会社を目指していきたいと思っています。そのためには、教育制度をきちんと用意することも必要だし、理念・ビジョンを構築して『働くことの意義』を自覚してもらうことも欠かせません」(大介さん)
 いま現在、中途採用した社員の育成は、教育担当として付いた先輩社員によるOJTで行われている。だから教育方針は人によってまちまち。いまはそのベクトルがそろっているからいいものの、いずれそのベクトルがどんどんずれていく可能性もある。だから、新たに教育制度を導入し、同じ方向性のもとに人材育成をしていきたいと考えているのだ。
 また、大介さんは「従業員一人一人が「指し手感覚」で働く組織にしていきたいとも思っている」という。指し手感覚とは要するに、「自分が仕事をやっているから会社が回っている」といった気持ちで自発的に働くこと。それが大事だと思うようになったのは、経営後継者研修で所属したゼミの小林茂之講師の影響が大きかった。フォロワーである社員をいかに指し手感覚にしていけるかこそが、経営者に求められるリーダーシップの神髄なのだ。
 ただ、これら内部固めに関する取り組みを、独断的に推し進めるのはあまり得策ではないと大介さんは考えている。いかに現社長を巻き込んでいけるか。そこが重要なカギを握るとみているのだ。
 「いま働いている従業員は父親が雇った人たちです。私が一人で社内改革を推進しようとしても、なかには内心『俺はお前に雇われたわけではない』と思う社員もいるはず。その意味からも、社長の協力が不可欠なのです」(同)
 これに対して大石社長は、「自分の目の黒いうちに変えることは変えておけ」とのスタンスでいる。
 「私自身、先代の社長が亡くなって『自分の代になったら、これをやろう』といろいろ考えていたことがありましたが、結局はできなかった。やはり親が生きているときに力を借りてやるしかないんです。最終的に社員にとってプラスになる組織改革なら、喜んで協力するつもりです」(大石社長)

ゼミナール論文発表会で堂々とプレゼンする大介さん

ゼミナール論文発表会で堂々とプレゼンする大介さん

研修で得た「横のつながり」

 実は、大石社長が中小企業大学校の経営後継者研修を通じて大介さんに最も期待していたのは、「横のつながり」を作ってもらうことだった。つまり、いずれ親の会社を継がなければならないという同じ境遇にいる同世代の仲間である。この期待に大介さんは十分すぎるほどに応えてくれた。
 「寮生活だったこともあり、中学や高校の時よりも仲のよい友人ができました。たとえ10年後に会っても、まるで昨日のことのように一瞬にして元に戻れる関係になれたのではないかと思っています。お酒を酌み交わした時間も含めて、コミュニケーションの量が圧倒的に多かった」(大介さん)
 大石社長が横のつながりを作ることを望んでいたのは、いずれ社長になったときによき相談相手になってくれるのが、経営後継者研修で出会った仲間たちであることを身をもって知っていたからにほ
かならない。
 「学生時代の友だちも大切ですが、そうした人たちに経営の悩みを話すようなことは一切ありません。じゃあ誰にならできるかと言うと、同じ経営者の仲間しかいないんです。そのかけがえのない仲間を作れるのが、中小企業大学校の経営後継者研修の素晴らしいところです」(大石社長)
 大石社長が大介さんに社長の椅子を明け渡すのはもう少し先のこと。それまで大介さんは、仕事の実務を含めて覚えなければならないことが山ほどある。しかし経営後継者研修に参加する前は強く感じていた「いつかは会社を継がなければならない」というプレッシャーは今ではほとんど感じることがなくなったという。研修で知り合った仲間たちに後れを取るわけにはいかない そんな気持ちが心の底から湧き上がっている。

COMPANY DATA ナショナル商事
 創 業 1955年7月
 所在地 東京都千代田区五番町12-4
 売上高 31億円
 社員数 28名
 

TKC  『戦略経営者』 2015年4月号

採録 中小企業大学校東京校 第35期経営後継者研修
第23回在校生・卒業生合同研修および意見交換会基調講演
伊那食品工業 専務取締役 塚越英弘氏
(『戦略経営者』2015年4月号より転載)

利益は「永続」のための手段に過ぎない
中小企業大学校東京校の10カ月研修に見る成功の条件 

 坂本光司氏の『日本でいちばん大切にしたい会社』(あさ出版)に紹介されるなど、メディアに頻繁に登場する伊那食品工業。
 多くの人々を幸せにするためにゆっくりと着実に成長する「年輪経営」という独特の経営手法は、生き馬の目を抜く競争社会のなかで一服の清涼剤的存在となっている。それでいて48年連続増収増益達成の実績を持ち、大企業をはじめ経営者たちが引きも切らずに視察に訪れているというからすごい。そんな伊那食品工業の若き後継者である塚越英弘専務の講演を採録する。
 

塚越 英弘氏

塚越 英弘氏

 当社、伊那食品工業は長野県伊那市という人口7万人の小都市にある寒天メーカーです。本社は駒ヶ岳山麓の約3万坪の大自然のなかにあり、敷地全体を「かんてんぱぱガーデン」と呼んでいます。ちなみに「かんてんぱぱ」とは、主力商品のブランド名です。
 このかんてんぱぱガーデンには、三つのレストランをはじめミュージアム、山野草園、貸しホール、研究室などが点在し、もちろん、寒天製品をつくる工場もあります。また、敷地内には天然水を飲める井戸が掘ってあり、多くの人がくみに来ます。

自ら考え、自ら行動する

 この広大な敷地を、われわれ本社勤務の多くの社員が自主的に、始業時間の30分くらい前に出社し、掃除します。休みの日にも、何人かの有志は掃除のためだけに出てきます。彼らは思い思いの場所を掃除するだけ。誰がどこを掃除するなどといった決まり事は一切ありません。近年、当社はなぜかテレビやマスコミで紹介されるようになり、よく質問されます。「どうして社員全員が自主的に掃除するようになったのですか」経営陣を含め、聞かれた社員はぽかんとします。答えようがないんですね。掃除という当たり前のことをやっているだけ。みなさんも自宅の掃除をするでしょう?
 あえて言うなら、われわれは、なぜ当社の敷地を掃除するのかを理解しているからというのが理由です。その根底にあるのが、会長の塚越寛が社是として掲げた「いい会社をつくりましょう」というスローガン。これが、当社の社員全員のいわば羅針盤であり、いい会社をつくるために掃除をするのです。では、いい会社とは何か。
 一言でいうとみんなを幸せにする会社のことです。あらゆる会社や組織は、少なくとも創業当初は、社員や顧客を幸せにするために設立されたはずです。そのための手段が売り上げや利益です。
 当社は創業から2005年まで48期連続増収増益を果たし、いまも成長していますが、数字はあくまで結果です。毎年の売上高や利益の数値目標は掲げていませんし、営業ノルマもありません。
 会社で創出する利益は、汚い話でもうしわけありませんが、「うんち」と考えてみてください。人はうんちをするために生きているのではありませんが、でもうんちを毎日出さないと健康体とはいえませんよね。会社も同じです。利益が出ないと健全な企業とはいえませんが、それ自体が目的ではない。ちなみに、寒天は便秘に効きます(笑)。
 さて、手段と目的が逆転したらどうなるか。利益を出すためにリストラをし、取引先に無理な条件を押しつけたりします。そうすると、誰も幸せになれない。むしろ不幸をばらまくことになります。
 当社にはリストラという考えそのものがありません。基本的には年功序列賃金で終身雇用です。毎年昇給し、賃金が減る人はいません。現在、440人の社員が在籍していますが、私の記憶の限りでは、会社都合で辞めてもらった人はゼロです。なおかつ、個人的事情以外でやめていく社員もほとんどいません。

掃除は「気づき」をうながす

 会社の成長とは何を指すのでしょう。一番分かりやすいのは、売り上げや利益の前年対比などの数字です。もちろんこれは正しい。しかし、繰り返すようですが、数字とは結果に過ぎません。
 たとえば、子供の成長をはかる時、一般的に身長、体重が目安になります。ところが、当の子供は、「今年は何センチ、何キロ増やそう」などとは考えず、「今年はこれがしい、あれをやってみたい」などの目標を立てますよね。結果として、身長が伸び、体重が増えます。会社も同様です。
 当社では、全社的な数値目標はありませんが行動指針はあります。それも「正しい危機感を持って、たくましくなろう」などという抽象的なものです。その指針にのっとりながら、各部署や個人が自主的に目標を立てるのです。なかにはそれが数値の場合もあるでしょう。ただ、各目標を会社は把握していません。あくまで、個人が自ら考え、自ら動する。その自主性が大事なのです。
 掃除に話を戻しましょう。当社では掃除は「気づき」のための訓練だと考えています。毎日掃除を実践していると、いくら鈍感な人でも四季の移ろいを感じるし、汚れやすい所なども分かるようになる。掃除をすれば気持ちがいいし、毎年35万人が訪れる「かんてんぱぱガーデン」をきれいに保つことの意義も実感できる。掃除は、会社にやらされいるのではなく自分たちが気づくため、つまり自らが成長するためにやっているのです。当社では、そのことを、あらゆる機会を通じて全社員に伝えてきました。
 みなさんも、経営(後継)者として、社員に自分の思いが伝わらないジレンマを感じたことがあるのではないでしょうか。当社では、まだまだ十分とはいえませんが、比較的会社の思いが社員に伝わっている。だからこそ、たくさんの経営者の方が当社に視察に訪れるのだと考えています。
 社員に思いを伝えるには、まず「何のために働くのか」を考えてもらうことが必要です。一般的なサラリーマンにこの質問をぶつけると8割がたは「生活のため」「家族を養ため」という答えが返ってきます。でも本当にそうでしょうか。あの著名なマズローの「欲求の5段階」では、生きるためという欲求は三角形の底辺にあります。その上に安全、帰属、尊厳の欲求と続き、そして頂点が自己実現の欲求です。会社はこのすべてに関わるポテンシャルを持っています。8割のサラリーマンのように会社が「生活のため」だけの存在だとしたらもったいないと思います。人は就寝時間を除けば人生の3分の2は会社で過ごします。どうせ働くなら、会社はもっと高い欲求を満足させてくれる存在であるべきです。
 当社では、このことを社員に考えてもらう機会を頻繁につくっています。社内のいろんな場所にはってある百年カレンダーもそう。このカレンダーには2001年から2100年までのすべての暦が記してあります。新入社員には、自分の命日はどのあたりか考えてもらい、人生の有限性を実感してもらいます。
 たとえばハワイに旅行するとします。すると時間を惜しんで自主的にプランを立ててビーチに行ったりショッピングを楽しんだりする。ホテルでずっと横になっている人はあまりいませんよね。会社も同じで、楽しく成長できる場を社員につくってあげることが大事です。そのために当社が実践しているもう一つのキーワードは「みんなでやる」とうことです。
 当社では毎年初夏に「かんてんぱぱ祭り」という社員全員による手作りのイベントを開催しています。屋台や出しものなども用意し、大勢の地元の方に楽しんでいただいています。
 それから社員旅行も毎年行い、2年に1度は海外へ行きます。これも全員参加。さらに朝のラジオ体操、月例会、午前と午後の休憩もラインを止めて全員が一斉に食堂でお茶を飲みます。本当はライ
ンを止めるのは非効率なのですが、それよりも、みんなで楽しむことを優先します。結果的にモチベーションが上がり、生産性がアップします。
 会社では、それぞれの役職などによって立場が違います。経営者、役員、中間管理職、普通の社員。それぞれの立場からものを見ます。「そんなことをいわれても、あなたは経営者だから」といわれれば二の句もつげません。それは致し方ないことですが、できるだけこのギャップを小さくするために「みんなでやる」ことを重視するのです。みんなでやれば立ち位置が同じですから、同じように見えるし、考えられます。ですから当社では、立場の違いにとらわれることが少なく、たとえばある部署が困っていたら、他の部署が手伝うということが普通に行われています。

(上)毎朝社員が敷地内を掃除 (右下)インテリアショップ『サンフローラ』 (左下)かんてんぱぱショップ

(上)毎朝社員が敷地内を掃除 (右下)インテリアショップ『サンフローラ』 (左下)かんてんぱぱショップ

「永続企業」を目指す

  ともあれ、会社が繁栄する条件は「信頼」です。経営者と社員の間はもちろん、会社と取引先の信頼関係もそうでしょう。
信頼のおける企業になるために当社が実践しているのはいくつかありますが、前述した「目標数値をつくらない」もそのひとつです。会社が社員を信頼すれば、社員も会社を信頼してくれます。
 それから「うそをつかない」こと。当社では「お客さま第一」という言葉を使いません。ただ単に自分よりもお客さまの利益を優先することはありえないからです。
お客さまに喜んでもらうことが実は自分の幸せ感につながる。こう考えないと、本当の意味での顧客満足の実践はできないと考えます。
 さらにいえば、社会的責任の達成もポイントでしょう。当社では毎年、20~30人を新卒採用しています。これは社会や地元に対する義務だと考えています。人が足りないから採用するのではありません。採用した人の分だけ仕事をつくるために会社を成長させるという発想です。つまり、採用そのものが目的なのです。雇用を作り続けることが企業の役割だし、そうすることで地域の応援ももらえるのだと考えます。
 大企業などのサラリーマン社長はどうしても短期的な利益創出を求められます。しかし、中小企業は違います。二宮尊徳は「遠くをはかるものは富み、近くをはかるものは貧す」との言葉を残しました。当社は、もっとも価値のあることは会社を存続させることだと考えます。10年、20年、そして永続的に会社を維持し、雇用をし続け、社会に貢献し、社員と周囲を幸せにする。それが創業以来の変わらぬ目的です。そのためには、一時のブームに乗ることなく、ゆっくりと成長する「年輪経営」が大事。売り上げや利益などの「数字」はそのための道具に過ぎないのです。


COMPANY DATA
 所在地 長野県伊那市西春近5074
 売上高 175億円(2014年12月期)
 社員数 440名
 URL http://www.kantenpp.co.jp/ (新規ウインドウに表示)
 

TKC  『戦略経営者』 2014年9月号

戦経Report
(『戦略経営者』2014年9月号より転載)
 

後継者育成は「徹底」「集中」「繰り返し」
中小企業大学校東京校の10カ月研修に見る成功の条件 

 後継者の確保 中小企業経営者にとって永遠のテーマである。最近の中小企業庁のアンケート調査によると、「事業承継が円滑に進まなかった理由」として「後継者を探したが、適当な人が見つからなかった」との回答が22.5%(2位)に上った(平成26年中小企業白書)。息子や娘に家業を継がせようにも、業績の不安定さや将来性のなさを理由に拒まれるケースも増えてきている。サラリーマンの方が無難な人生を送ることができるのでは……というわけだ。しかし、そのような現象は、実は親子間のコミュニケーション不足から来ているケースも少なくないのではないかと、中小企業大学校東京校企業研修課の宮里道代さんはいう。
 「当校の経営後継者研修の"親子面談"で、父が"5年後には子どもにこうなって欲しい"あるいは子が"将来は自社をこうしたい"と熱く語ってお互いに感激するという場面に出くわすことがあります。親子が面と向かうと照れもあってうまくコミュニケーションがとれない。それが結果的に、後継者難の理由のひとつになっているのではないでしょうか」
 たしかに、子どもは子どもで、親が創り上げた会社の後継者に甘んじることに反発する感情もあるだろう。そのため、家業についてはあえて見て見ぬふりをし、忙しく働く親の姿だけで「あんな苦労は嫌だ」と断じてしまう。
 

経営の基礎をたたき込む

 しかし、長く続いている企業は、必ずどこかに後継者が気づいていない魅力を内包しているものである。その魅力を正しく理解し、創業者や親の事業にかける思いを感じ取れれば、子どもは後継者としてのマインドを自然と持てるようになるはずである。
 さて、そんな後継者マインドの醸成に成果をあげている研修がある。先にふれた中小企業大学校東京校の「経営後継者研修」だ。この研修は、国が行っている唯一の後継者育成プログラムで、34年の歴史を誇る。卒業生は1100名。親子2代での受講という例も増えてきた。毎年、少数精鋭の20名前後の若者が10カ月もの長期間、基本的に同校の寮で共同生活をしながら、後継者としての基礎固めをしていく。

緑豊かな中小企業大学校東京校

緑豊かな中小企業大学校東京校

 全体像は図表の通りである。財務やマーケティング、経営戦略、人的資源管理、法務などの基礎的な経営スキルを体系的に学びながら、一方で経営コンサルタントなどのメンターが個別指導を行うゼミナールで学習し、そして、それらで学んだものを駆使して徹底的な自社分析を行う。この「自社分析」が、自社の魅力と可能性を発見するポイントである。
 「自社分析は8分野(『戦略経営者』2014年9月号73頁図表参照)ありますが、そのすべて、つまり8回、自社に戻って社長や従業員と話し合いながら分析を行ってもらいます。すると、自社の歴史はもちろん、歴代の社長がこれまでどのような思いで経営をしてきたかが理解でき、あるいは従業員への感謝の気持ちも湧いてくる。結果、より会社に愛着が持てるようになり、"会社を継ぐのは自分だ"という決意もできてきます」(宮里さん)
 それにしても、この10カ月という研修期間の長さはほかに例がない。まさに「合宿」である。そのため、入社間もなく、あるいは他社から自社に戻ってくるタイミングで受講する例が多い。すでに会社で一定の役割を果たしている後継者だと、10カ月も仕事を空けるわけにはいかないからだ。しかし、一方で、「徹底的に」「集中して」「繰り返し」取り組むことで、経営に必要な基礎的能力を定着させることができるという大きな利点がある。
 また、「生涯にわたる人的ネットワークの構築」も当研修の魅力のひとつだと宮里さんはいう。
 「後継者は孤独なので、同じ悩みを持つ同年代の仲間の存在は心強いと思います。その意味で、当研修では全国さまざまな業種の会社から来られるので、ビジネス的にバッティングすることはなく、自由に話ができ、一生つきあっていける仲間づくりが可能です」
 また、1100名の卒業生とOB会でつながったり、ゼミの講師はもちろん、講義などで登壇する約40名の講師(税理士、中小企業診断士、弁護士、弁理士など)との関係性をつくっておくこともできる。これも通常では考えられない人脈である。

「経営後継者研修」の全体像

「経営後継者研修」の全体像

 「ゼミ論」発表会にて

 7月25日、当研修のいわば"卒業論文"ともいえる「ゼミナール論文」発表会に出席させてもらう機会を得た。
 6名の発表者の堂々とした態度。分かりやすく、ユーモアあふれるプレゼンテーションにまず驚かされる。
 いずれもSWOT分析などの手法で自社の強みと弱みを理解した上で、将来の発展へ向けてのアクションプランを提示していく流れは同じ。だが、それぞれに個性が感じられ、また若者らしい明るさと思い切りの良さがそこここにみられて会場を笑顔にしていた。
 たとえば、後欄の座談会にも出席していただいた創業700年という兵衛旅館(有馬温泉兵衛向陽閣)の跡取りである風早尚氏の発表もそう。氏のプレゼンは「昭和バブルを引きずる大型旅館のビジネスモデルは崩壊の危機にある」との話へと行き着く。そして出した結論が「全面建て替え工事」。「タイミングを失うと建設費も上がるし、売り上げが落ちた後では対応できなくなる。構造部分が老朽化しているのだから、リニューアル程度では二重投資になりかねない」とし、「今年度中に私が中心になって全面立て替えへ向けてのメドを立てる」というのだ。
 これだけでも興味深いが極めつけは発表終了後。質疑応答、ゼミ講師の講評と続き、最後に、現社長であり尚氏の父親、風早和喜氏が感想を述べる場面。和喜氏は、大筋で尚氏の発表を褒めながらも、結論に関しては苦笑するように「もう少し検討が必要」と言葉をにごした。息子の成長に目を細めながら、その威勢の良さに戸惑い気味の現役社長。周囲に笑いのさざ波が立つ。
 風早氏以外のプレゼンもそれぞれに例外なく味があり感動があった。やはり、これは中小企業大学校東京校の経営後継者研修の10カ月が、特別なものである証拠なのだろう。
 

堂々としたプレゼンに研修の成果が見える(檀上は呉鉄工所の尾野慎一郎氏)

堂々としたプレゼンに研修の成果が見える(檀上は呉鉄工所の尾野慎一郎氏)

若手後継者座談会
仲間と切磋琢磨しながら経営者マインドをみがく

第34期中小企業大学校東京校経営後継者研修の卒業生は17名。

 今回、優秀な人材が多いという評判のなか、さらにえりすぐり、エンゼルグループの市川琢郎氏、呉鉄工所の尾野慎一郎氏、兵衛旅館の風早尚氏の3名の後継者に集まって語り合ってもらった。

ご自分が「家業を継ぐんだ」と決意された瞬間は?

市川 うーん、答えるのが難しいですね。小さい頃は母が経営する幼稚園に通い、親はこういう仕事をしてるんだなという思いはありましたが、自分が継ぐという意識はありませんでした。でも、私はひとり息子なので小学校に上がるくらいに周りから「いずれは継ぐ立場だね」といわれるようになりました。でも、そのことへのプレッシャーはあまりなく、たわいもない優越感の方が強かったみたいですね(笑)。ただ、大学の時に就職活動をする際にはかなり迷いました。果たして自分にできるビジネスなのかどうか、あるいは、経営者としての責任に耐えられるのか、などいろんなことに煩悶していた覚えがあります。結局、一般企業に就職したのですが、5年前28歳の時に、当社を支えていた幹部社員が退社して人材的に危機を迎えたのをきっかけに母に帰ってきてほしいと頼まれ、ようやく決心がつきました。「母の力になりたい」という思いでした。
尾野 私の場合も小学校の頃から工場内の草むしりをして小遣いをもらったりと、父親の仕事を割と身近に感じる機会は多かったと思います。中学に上がる頃には反抗期がやってきて(笑)、どうして自分は好きな職業につけないのかと悩んだ時期もありました。飛行機の整備士など、エンジニアになりたかったのです。
 しかし、18~19歳くらいで、車に興味を持ちはじめてから、心境の変化が訪れました。当社はマツダ車の部品が売り上げの9割を占めており、車づくりの一端を担っているという誇りを感じるようになったのです。父から「継ぎなさい」などと強く要望されたことはなかったのですが、結局は、他の会社を経ずに、ダイレクトに入社しました。

風早さんは、なんと創業700年の老舗旅館の御曹司ということですが。何代目ですか?

風早 46代目です。
市川 尾野 すごい!
風早 でも、有馬温泉の歴史は古いので、当旅館は年数でいえば3番目になります。

そんな歴史的旅館の経営者はやはり幼児期から帝王学を伝授されるのでしょうか?

風早 いいえ、とくには(笑)。それと、私にはお二人のような「継ぐぞ」という立派な決心はなかったですね(笑)。社長の父とおかみである母は、仕事で日々忙しく、祖父母からやんわりと「継いでいかなあかんねんから」と言い含められていました。まあ、継ぐんだろうなあくらいの漠然とした考えでした。そのため、レールの上を走るように、大学の経済学部観光学科を出て、ホテルの専門学校に1年通い、石川県の加賀屋さんのフロントで2年間就業した後、4年前に当社に戻ってきました。

経営を体系的に学ぶ場

そんななか、みなさんが、中小企業大学校の後継者研修を受講されたきっかけは?

市川 母から受講を強く薦められました。母の友人の知り合いの方が受講されて、大変良かったとのことだったようですが、僕はあまり乗り気ではありませんでした。ぶっちゃけて言うと、10カ月という期間を費やして、それだけの効果があるのか疑問だったのです。
風早 私は4年前に入社して、2年間は現場を経験し、その後、コンビニ運営や人材派遣業など多角化部門を担当しました。そこで一区切りついて、再び現場に戻る前に、もう一度経営を体系的に勉強してみたかった。それで、社内の役員が見つけてきたこの研修を受講したのです。なので、私は市川さんのようないやいや派ではなく積極派です(笑)。

尾野さんは広島県の呉というとても遠いところからの参加ですが?

尾野 実は私の父が卒業生(4期生)なんです。で、「いいぞ。受講してみろ」と薦められたのです。経営に関する知識も得られるし、全国から同世代のいろんな後継者の方が集まりますから、仲間作りという意味でも効果があるのではないかという話でした。経験に裏付けられた言葉ですから、信ぴょう性もあるし、じゃあ受講してみようかなと。

みなさん、受講前はさまざまな思惑を抱えておられたようですが、受講後はどういう成長を実感されましたか?

市川 前述の通り、最初は懐疑的でした。でもよくよく考えると、幼稚園につとめて4年がたち、だんだんとマンネリ感に襲われるようになりました。そうすると、自分はこの仕事に向いているのか、能力があるのかという不安が頭をもたげてきます。そんな状態で事業承継をしていいものかどうか。あるいは、市場的にも少子化によってじり貧が予想されます。そんなこんなで、何かのきっかけになるかもと、受講を決意しました。で、ご質問の受講後のことですが、まずいえるのは、10カ月間集中的に専門的な知識を持たれているプロに、財務やリスクマネジメント、リーダーシップなどさまざまなテーマで教わることができます。これは大きいですね。それから、ゼミナール形式で、一人の先生にメンターとしてついてもらいますから、経営の機微の部分まで深く相談できる。たとえば、私の場合、財務に加え、幼児教育にも詳しい先生だったので、教育者のあり方を詳しく説いていただき、感銘を受けました。その成果だと思いますが、月に一度、自社に帰った際に、幹部社員から「成長しましたね」といわれたこともありました。

後継者に必要なのは覚悟

 尾野 この研修会では、受講して最初に、自社の沿革や経営理念の分析をする課題があるんです。それで、調べてみると、知らなかったことがたくさん出てくるんです(笑)。祖父が創業時に抱いた思いや、経営理念に込められた意味とかですね。ちなみに当社は戦後カミソリの柄の製造で創業し、たまたま祖父と当時のマツダの副社長が同郷だった縁で、自動車の加工や部品製造をやってみないかといわれていまの業態になったようです。そのようないきさつも、知っているのとそうでないのとでは仕事への意気込みが違ってくるのではないでしょうか。

ほかには?

尾野 あとは数字ですかね。私は「決算書ってなんなの」くらいの状態でここに入った(笑)ので、非常に勉強になりました。数字以外にも、経営者として欠かせない基礎を余さず学習する感じなので、しかも10カ月缶詰になってやるわけですから、とても効率的だと思います。
市川 僕も財務の講座はとても勉強になりました。自社の決算書から安全性や収益性、強みや改善点を読み取るポイントを教えていただきました。

風早さんが受講後に感じられたことは? 

風早 経営者マインドの大切さでしょうか。覚悟ですね。まっさきに承継者としてのマインド開発を施していただいたという思いがあります。じゃあ次に、経営者は何をしたらいいのか。尾野さんが言ったように、幅広い分野で基礎を教えていただけるこの研修制度は、なかなかほかではないでしょう。34年間の歴史が凝縮している気がします。
市川 それから寮生活というのも大きいと思います。10カ月間、数十人の社長予備軍がひとつところに缶詰になるわけですから、もちろん勉強には十分集中できる環境だし、切磋琢磨することで人間関係を学ぶことができる。基本的にはわれわれは仲良しですが、時にはぶつかるときもあります。そんな経験のなかで、人付き合いを学んでいく部分もありました。

社員と顧客の信頼を勝ち取る

とにもかくにもここに10カ月間滞在され、まもなく卒業ということになりました。この経験をどう生かしていきましょうか?

市川 やりたいことはたくさんあります。でもタイミングもありますから、いまはとにかく母のやり方を観察しながら社員のひとたちと共感し、理解してもらい、信頼を獲得することに全力を傾けます。とはいえ、エンゼルグループはエンゼルガーデン幼稚園のほか、保育園や幼児教育研究所など四つの法人で8施設を抱えており、あまりゆっくりしているつもりもありません。少子化という逆風のなか、市場内の競合園との差別化や平成27年度の「子ども・子育て関連3法」へどう対応していくかも課題です。頑張りたいですね。
尾野 市川さんと同じく、社員の方々にまず認めてもらうことが大事だと思います。それと、今回は経営者魂というか火だねをつけてもらった10カ月でした。この火だねを消さないよう気をつけたい。それから、ビジネス面でいうと、この研修で行った自社分析によって出てきた新戦略が、塗装の内製化です。これまでは、板金、溶接だけで塗装は外注でした。これを一体受注することで、コスト面でも品質面でも他社の優位に立てる。競合他社を調べてみると、いずれも塗装は行っていません。これはチャンスだと考えました。それからもうひとつ。独自技術で開発したカーポート用コーナー金具など自社製品の増大。これも重要だし、当社の技術を自動車だけではない日本の製造業全般で活用していただけるよう、製品開発やマーケティングを行っていくつもりです。風早 私は、昭和のバブル期に発展したコンクリートづくりの大型旅館のビジネスモデルそのものが崩壊しつつあるのではと感じています。これも、研修での自社分析を行って分かったものですが、当社も膨大な借入金と、建て増しで迷路のように効率が悪く老朽化している建物がネックでした。耐震診断の義務づけも重くのしかかっています。限られた選択肢のなか、私はさまざま要件から考えて、全面リニューアルに近いものしかないと考えました。2015年が神戸市の耐震診断の結果報告の期限なので、今年中が勝負です。第46代の兵衛向陽閣当主として、私の力で是非実現したいですね。

まず、自社分析をしてみよう

中小企業の後継者難は深刻です。現在、会社を継ぐことを迷っている方々にメッセージを。

風早 承継を迷っている人は、やはり漠然と、自社に将来性がないんじゃないかと不安に思っている状態なんだと思います。でも、調べてみないと分かりません。私も今回自社分析してみて歴史の重みとブランドの確かさに驚きました。なので、ぜひ一度、自社分析をされてみてはいかがでしょうか。また、自分のキャリアという切り口で、継いだ場合とそうでない場合のシミュレーションをしてみても良いでしょう。そうすれば収入や忙しさ、休日の数など、比較要素が出てきます。その上で承継しないというのなら仕方がありませんが、実態を知らずに拒否するのはもったいないと思います。
市川 確かにその通りですね。それと、たとえば自分が継がずに、会社が繁栄したとします。そのときに悔しくないのか。あるいは、会社を他の人にゆだねて不正や不祥事で潰れてしまったとします。そのときに後悔しないでしょうか。それら諸々のことをゆっくり考えてみればいいと思いますよ。判断するのはそれからです。
尾野 製造業の側面からいわせてもらうと、われわれがつくったものが、車や家電、パソコン、ケータイなど、さまざまな完成品で活用されている。このこと自体を「誇り」と感じることが大切なのではないでしょうか。それからもうひとつ。経営者の子どもに生まれついたこと自体、世間では希有なことです。一度の人生なので、なかなか経験できないステージでチャレンジしてみることは、生きがいや充実にもつながってくる可能性が高いと思います。もちろんそこには、自らが責任をとる「覚悟」が必要になりますが。
市川 覚悟ということでいうと、10カ月の研修のなかでも、正直、揺らぐこともありました。今後もあるでしょう。ただ、いえるのは、ゼミの先生に教えていただいたのですが、もし揺らいでも冷静に心をみつめ、その都度覚悟を決める。それを繰り返して言うことで、あたかも鉄棒の練習をしてまめがだんだん厚くなるように、自分自身が強くなっていくんだと。事業の意義や創業者の想い、誇り、経営理念などのコアの部分は、この研修を通じてしっかり腹落ちすることができましたから。

(本誌・高根文隆)
 

集合写真

市川琢郎

 株式会社ハッピースマイル(エンゼルグループ)  (新規ウインドウに表示)
 ※エンゼルグループは、学校法人・株式会社など4法人で8施設を運営

市川琢郎

「千葉県八千代市から日本の幼児教育サービスの活性化を目指す」
 主たる事業は、エンゼルガーデン幼稚園の経営で、歴史は2013年で50周年を迎えた。33歳、当校研修在学中の4月、園長に就任し、研修と園長としての幼稚園マネジメントの両立を図ってきた。後継者として、地域と共生しつつ、商圏内での競合園との差別化や平成27年度の「子ども・子育て関連3法」へどのように対応していくかが、喫緊の課題となっている。 

尾野慎一郎

株式会社呉鉄工所

尾野慎一郎

「歴史を紡ぐ覚悟」
 現在創業67年を迎え、広島県呉市で自動車関連部品の製造を行っている。現代表者は父の尾野謙次郎氏で、同氏は経営後継者研修の第4期の修了生で親子2代での受講となる。経営を体系的に学ばせるためには最適であると慎一郎氏に後継者研修の受講を勧めた。受講生(26歳)は、事業承継後は3代目となり会社を継続すれば、50歳代後半で創業100周年となる。今後の課題は、次世代への技術承継、取引先1社への依存度が高い現状をどう捉えていくかである。

風早尚

 株式会社兵衛旅館(有馬温泉兵衛向陽閣) (新規ウインドウに表示)
 

風早尚

「創業700年の伝統を受け継ぐ」
 豊臣秀吉から名をいただく「歴史」と「伝統」で創業以来700年、兵庫県で旅館業を営む。また、その歴史と伝統もあり地域でトップクラスの規模を誇る旅館である。後継者は、46代目となり、今後はこれまでノウハウ等の暗黙知で伝えられてきた、「おもてなし」の技術を形式化し共有、また「おもてなし」の心を育て、常にお客様の満足を得られるような従業員教育体制構築が課題となる。30歳。

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