中小企業大学校 東京校
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研修受講者の声





中小企業大の受講転機に―日本フッソ工業社長 豊岡 敬氏 


  日本フッソ工業は半導体・液晶や化学工業など幅広い産業分野にフッ素樹脂コーティングを供給する。オンリーワン技術もあり、今期の受注は過去最高を記録するなど業績は急拡大中。「英語が一番苦手」だった2代目社長の豊岡敬さんは、米国留学から帰国後、直ちに父が興した日本フッソ工業に入社した。(大阪・嶋崎直)



 ■いずれ後を継ぐという思いはありましたか。


「工場と自宅が一体だったので、どんな会社か知らないなりに、物心ついたころからその思いはあった。他社を経験しなかったのは父の希望もあったが、どちらがいいのかはよく分からない」


 ■最初の仕事は。


「営業部で新商品を売る仕事だったが、何も分からないまま一日を過ごしていた。成果が上がるはずもなく、落ち込んでいた。そんな時、中小企業大学校での受講が大きな転機になった。体系的に物事を学び、なぜ売れないのか、どうすれば売れるのかが何となく見えてきた。マーケティングという概念を持ち、戦略・戦術がなければ成功しないということもよく分かった」


 ■バトンタッチの経過について教えて下さい。


「60歳になった父が突然、米国に留学すると言いだし、代表権をもったまま“経営は任せる”と言い残して3年近くも移住してしまった。経営人材を育てるための父なりの戦略だったのかもしれない。結局、半年程度私が社長代行をつとめ、その後正式に就任した」


 ■この10年間、日本のモノづくりにも変化がありました。


「2001年ごろの“ITバブル”崩壊の影響が大きかった。会社が始まって以来の営業赤字を経験した。そこで売り上げ回復には期待せず、損益分岐点を下げることに腐心した。それまで当社はドンブリ勘定的な面があり、社員ももうかって当たり前という感覚だった。その意識を変革するのが大変だった」


 ■先代社長は経営に参画しているのですか。


「会長職で名前は残ってはいるが、バトンタッチした日から1日も会社には来ない。2世経営者と話をすると、先代が経営に口を出すのでやりにくい、とよく聞くが私の場合はそれが全くなく、ありがたいと思っている」


業種:フッ素樹脂の工業用耐食ライニング、導電性耐食ライニング、一般工業用コーティングなど
創業:1964年(昭和39年)
売上高:約33億円(2007年9月期見込み)
従業員:105人
所在地:堺市美原区木材通2の4の6 電話:072-361-3391


【略歴】
 とよおか さとる 1963年(昭和38年)東京都新宿区生まれ。1989年米セントマイケルズ大経済学部卒、同年日本フッソ工業入社。30歳で取締役、1997年に34歳で社長に就任。2007年12月でトップ就任10年を迎える。


 [日刊工業新聞 平成19年6月21日付け(日刊工業新聞社から転用許可済み)]

 ※本記事の著作権は日刊工業新聞社に帰属します。


日本フッソ工業社長 豊岡氏


日本フッソ工業社長 豊岡氏