トップページ > 経営支援・相談 > コラム「モノ・知・技」 > 第98回「満年齢と数え年」

第98回「満年齢と数え年」

  • 3月の執筆者はチーフアドバイザー(技術)山本茂之です。

    「満年齢と数え年」

    同級生が集まって還暦の祝いをしたのは、もうずっと前のことです。一昔前のことなので、その時の様子は余り詳しくは覚えていませんが、ただ一つ、はっきりと記憶していることがあり、それは同級生の中に、どうして還暦の祝いを
    するのか、そもそも還暦とは何なのかを理解していない人が多くいたことです。

    言うまでもなく、還暦は満年齢で60歳の時に祝うのですが、十干十二支の二種類の暦(十干は10年周期、十二支は12年周期)が繰り返され、60年経って二つの暦とも生まれた年と同じ暦(干支)に戻った、と言う意味で、還暦と言われます。今は、人生80数年が平均的ですが、昔は、同じ暦に戻るほど長生きしましたね、の意味合いを持っていた訳です。

    ところで、日本では、人生の節目に長寿のお祝いをする習慣があります。還暦、古希、喜寿、傘寿、米寿、卒寿、白寿、百寿等が、そうです。これらのうち、還暦を除くお祝いは、全て、数え年でその年齢になった時にするものです。還暦だけは、満年齢60歳の時にお祝いします。

    日本では、人の年齢を言う時、実生活の上では、ほとんどの場合、満年齢を使います。戦後生まれの人ならば、まず間違いありません。

    満年齢は、生まれた日や基点となる最初の年を「0歳」、「0年」から数え始め、以後1年間の満了ごとに、つまり誕生日が来るごとに、それぞれ1歳、1年ずつ年を加えていく考え方です。要するに、数字の大きさは、生まれた日(基点)からの経過年数を表す基数ということになります。丁度60歳になったばかりの人なら、まる60年間生きてきたということです。

    現在、満年齢が使われる理由は、1950年1月に施行された「年齢のとなえ方に関する法律(昭和24年5月24日 法律第96号)」により、「国民は、年齢を数え年によって言い表す従来のならわしを改めて、年齢計算に関する法律(明治35年法律第50号)の規定により算定した年数(一年に達しないときは、月数)によってこれを言い表すのを常とするように心がけなければならない。」とされたためです。また、「国又は地方公共団体の機関が年齢を言い表す場合においては、当該機関は、前項に規定する年数又は月数によってこれを言い表さなければならない。但し、特にやむを得ない事由により数え年によって年齢を言い表す場合においては、特にその旨を明示しなければならない。」とされ、国・地方公共団体の機関に対しては満年齢の使用を義務付け、数え年を用いる場合は明示することを義務付けたことによるものです。

    同法制定の理由は、国会での議論の記録を見ると、終戦後の時代背景を反映した次の4点とされています。1.「若返る」ことで日本人の気持ちを明るくさせる効果、2.正確な出生届の促進、3.国際性向上、4.配給における不合理の解消。

    一方、数え年は、生まれてから関わった暦年の個数で年齢を表す方法です。生まれた年が既に「1歳」、「1年」ということになります。暦年が変わる、つまり、元日が来るごとに、それぞれ1歳、1年ずつ年をとるということになります。誕生日が来ても、年をとりません。

    生まれの月日に関係なく、元日に一斉に歳をとるようにしていることによって、都合の良いことがあります。それは、年齢処理が簡便になることです。例えば、○○歳以上の人が参加条件です、という集まりがある場合に、個人ごとに、月日の違いで参加可能かどうかを見極めるのは面倒なことです。元日に一斉に歳をとるので、その年の何月何日に集まりが行われようとも、参加条件に合うかどうかの処理が至って簡単になります。

    数え年において、生まれたその時を0歳ではなく1歳とするのは、学校の入学生が1年生から始まるのと同じ考え方です。小学校0年生はありません。今、話題となっている元号も然りで、平成1年(元年)から始まります。年齢ではありませんが、月齢の例として、妊娠月齢も妊娠1ヶ月から始まります。妊娠0ケ月の表現はありません。要するに、数え年では、年齢を序数の概念で取り扱うのです。

    稀な例として、12月31日に生まれた人は、生まれた年(時)が1歳で、翌日1月1日には早々と2歳になります。また、1月1日に生まれた人は、その年は1歳のままで、次の年の1月1日に、やっと2歳ということになります。

    数え年と満年齢の関係の計算は、次のようになることが分かります。元日から誕生日前日までは、「数え年=満年齢+2」、誕生日以降大晦日までは、「数え年=満年齢+1」。

    長寿の祝いのうち、還暦を除く祝いは、数え年でその年齢になった時に行うのは前述したとおりですが、厄年もまた、数え年で対応しなければいけません。男性の本厄は、数え年42歳の時に当たりますが、同級生の幹事が間違えてしまい、同級生が集まって行う厄払いの行事を1年違い(1年遅く)でやってしまいました。

    今の学校は、4月から翌年3月までを一つの学年としていますので、正確に言えば、いわゆる早生まれの人(1月〜3月生まれ)と、そうでない人との間には、数え年で1歳の違いがあります。4月から12月生まれの人のほうが多いので、早生まれの人は、同級生で行う厄払いは多勢に従って、数え年41歳の時に行うことになってしまいますが、仕方ありませんね。前厄と思えば良い。

    仏教の年忌法要もまた、数え年で考えなければいけません。宗派や地域によって多少の差異はあるものの、次のような年に法要が行われます。三回忌(没年の2年後の祥月命日)、七回忌(6年後の祥月命日)十三回忌(12年後の祥月命日)等です。○○回忌の○○と、△△年後の祥月命日の△△との関係は、○○-△△=1の関係になっています。ただ、一周忌(一回忌)だけは異なっており、没年の1年後の祥月命日に行いますので、この関係式は成り立ちません。

    墓碑に刻まれた故人の年齢は、数え年で表記されているはずです。そのほうが、故人がより長生きしたとのメッセージになります。と言うよりは、昔からの習慣です。戦後生まれの人の多くは、上記の法律の施工により、満年齢を使用しなければいけない社会環境の下で生活してきた人達です。人生のターミナルの象徴である墓碑に、使い慣れない数え年が刻まれるのは、また前世に戻るということになりますね。

    チーフアドバイザー(技術)山本茂之

     ※このコラムは2017年3月1日に配信されたメルマガ「広島校だより Vol.126」に掲載されたコラムです。メルマガ「広島校だより」を配信希望の方は、広島校だより(PDF:303.4KB)からお申込みください。