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第83回「八戸と十和田」

  • 12月の執筆者はチーフアドバイザー(技術)山本茂之です。

    「八戸と十和田」

    本州の最北端にある青森県の地図を見て気付くことがあります。漢数字が入った地名(市町村レベル)、ないしは地形(山、湖など)が、やたらと多いのです。ほぼ同規模の面積を有する他県と比べて、そのような地名・地形が倍近くある感じがします。

    数字が小さい順に該当するものを挙げると、三沢市、三戸町、四ツ滝山、五戸町、五所川原市、六戸町、六ケ所村、七戸町、八戸市、八甲田山、十和田市(-湖)、十二湖、十三湖等です。

    比較の参考までに、広島県では、三原市、三次市、三段峡、(旧)三良坂町、(旧)五日市町、十方山、廿日市市、(旧)千代田町、(旧)八千代町等です。広島県では、市町村レベルで見ると、漢数字が入った四つの町が平成の
    大合併により、なくなっています。同様に、青森県の隣県の岩手県では、一関市、一戸町、二戸市、(旧)三陸町、三巣子岳、五葉山、六角牛山、七時雨山、八幡平、九戸村等です。岩手県では、数字の入った1,000m級の山が多
    い。

    青森県の中の漢数字が入った地名のうち、三戸町、(四戸町)、五戸町、六戸町、七戸町、八戸市は、数字と戸の文字の繋がりから見て、同一の語源を持つのではないか、と容易に推察されます。この数字は、どう見ても順序を表す序数と思えます。ここに入っていない、一戸町、二戸市、九戸村は、現在の岩手県にあります。四戸町は、昔はありましたが、語呂が悪いためか、現在では廃れて地名が残っていません。現在の八戸市南郷区(三戸町と五戸町の間)に城跡が残っています。

    要するに、一戸〜九戸は、現在の岩手県から青森県にかけて、一戸町から順に北上して七戸町までが位置しており、七戸町から北は南部と津軽を隔てる山岳になるので、太平洋側に逆戻りして八戸市があり、そこからまた内陸に入り、九戸村があります。九戸村は、一戸町のほぼ東10kmに位置していますので、一戸町〜九戸村まで、ほぼグルッと一回りの感があります。

    この数字の付いた一連の地名は、昔、これらの地の支配者がネーミングしたであろうことが容易に推察されます。昔、この地の要衝であった盛岡に近いところから、順に一戸〜九戸とネーミングしていったように見えます。戸は
    何のことでしょうか。

    南部藩の始祖である南部三郎光行は奥州合戦の功績により、源頼朝より陸奥国糠部郡(現在の岩手県北部から青森県東部)を与えられました。南部三郎光行は、この地で馬の牧場経営を行ない、馬の管理や貢馬のために設けた行政組織が「戸」の始まりとされています。ただし、鎌倉幕府成立以前に既にあったという説も存在しており、定かでないところもあるようです。

    それは、平安時代、陸奥国糠部郡を蝦夷から守るために、周囲に柵を設け、東西南北に門(もん・かど)を設けて番人を置きましたが、後にこの囲いの中で馬を育てるため、門に一から九までの番号を振って、周囲に柵を作り、一戸に一牧場を置く「九戸四門の制」が敷かれていた、というものです。

    どのような経緯で戸がネーミングされるに至ったかは、推察の域を出ませんが、いずれにしても、戸は「馬を育てる牧場」の意味を表していることは、間違いなさそうです。

    数字の付いた青森県の他の地名はどうでしょう。市町村のHPや歴史研究家の資料では、以下のように説明されています。

    三沢市: アイヌ語の「ミボロナイ(水がたくさんある沢)」が語源。諸説あり。

    四ツ滝山: 山の南麓にある四ツ滝沢に、四つの滝があることから付いたものと思われます。

    五所川原市: 岩木川の上流にあった五所村の“御所権現社”が水害によって度々流されましたが,その都度、現在の五所川原市元町あたりに流れ着いたため,この場所は「御所川原」と呼ばれ,後に「五所川原」になったとい
    う言い伝えがあります。事実、古い文献に「御所河原」と書かれたものがあり,また御所権現は長慶天皇(第98代)を祀った神社だったと言い伝えられています。

    六ケ所村: 明治22年に、近隣の六つの村が合併して、この地名になりました。

    八甲田山: 八つの亀の甲のような山があり、その山中に田代のような湿地が点在するから、という説、八つの山上各所に「神の田」(湿地)があり、八神田と言ったのを、八甲田としたとする説等があります。

    十和田市(-湖): 十和田湖はアイヌ語の「ト(湖)」「ワタラ(崖)」が語源と言われています。昭和31年に、それまでの三本木市から十和田市に市名変更していますが、以前の市名にも数字が付いているのは面白い。

    十二湖: 「十二湖は、約二百八十年前の地震による山崩れによって出来た山中湖沼群です。実際には大小三十三個の湖沼が連珠のように分布していますが、海抜九百四十米の崩山から十二の湖沼が展望できることから、十二湖、と言われるようになりました。(以下、略)。」(青森営林局深浦営林署設置の案内看板に記載の文章、原文のまま)

    十三湖: 五所川原市市浦には、十三湖から海への出口に十三(とさ)という集落があり、もともと十三湖は「とさのうみ」と呼ばれていました。「とさ」の「と」は、単に場所の意味、戸や門の出入り口の意味、水門(みなと)で湊の意味等が考えられます。「さ」は、狭いとか、小さいという意味があり、「とさ」とは狭い出入り口という、現地の地形そのものを表していると考えられます。上記の十二湖とは、ネーミングに繋がりがありそうですが、無関係です。

    青森県の上に挙げた例で、数字の付いた地名、地形の数字の意味を見ると、様々な由来があることが分かります。
    (1)順序を表す序数の意味を持つもの: 三戸町〜八戸市
    (2)ものの個数を表す基数の意味を持つもの: 四ツ滝山、六ケ所村、八甲田山、十二湖
    (3)別の言語の発音を語源とするものに数字を当てたもの: 三沢市、十和田市(-湖)
    (4)地形を表す言葉から転じて数字を当てたもの: 十三湖
    (5)別の意味の言葉から転じて数字を当てたもの: 五所川原市

    青森県には、たまたま存在しませんが、他県でよく見られるものに、市場が開かれる日を語源とする、数字の入った地名があります。市町村の自治体レベルで見ると、四日市市、廿日市市等が該当します。市町村の合併で、現在は市町村名としてはなくなっているものが多くあります。一日市〜十日市は、全国各地に地名(町名、字等)で残っています。一桁の市は月に3回ほどあったことになりますが、さすがに、十一〜三十一の数字が入った地名は、全国
    的に見ても、あったり、なかったりしています。その意味で、廿日市市はユニークな地名です。これらの数字は、1ケ月の何番目の日に市が開かれるかを表す序数ですから、上記の(1)に分類するのが自然です。

    今後、地図を見る時には、数字の入った地名や地形に注目して、上記の(1)〜(5)のどれに当てはまるのか、あるいは、これらに当てはまらない、(6)、(7)・・・を新発見出来るか、の視点で、見られることを、是非お勧めします。

    チーフアドバイザー(技術)山本茂之

    ※このコラムは2015年12月2日に配信されたメルマガ「広島校だより Vol.111」に掲載されたコラムです。メルマガ「広島校だより」を配信希望の方は、広島校だよりからお申込みください。