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第80回「履行と不履行」

  • 9月の執筆者はチーフアドバイザー(技術)山本茂之です。

    「履行と不履行」

     通勤で、1時間ほどJRの単線区間(一部複線区間)を利用していますが、最近は、定時運行は稀で、数分遅れの運行が多い。

    遅れの理由は、単線区間では、反対側から来る行き違い電車の遅れによるものが多い。確かにそうなのでしょうが、電車内のアナウンスでは、何故行き違い電車が遅れているのかの説明は、ほとんどの場合ありません。責任を転嫁している感があります。遅れが大きい時は、遅れの理由の説明がありますが、遅れが軽微な時は、説明は全くありません。

    JRのHP(列車運行情報)には、複線区間を含め、15分以上の複数列車の遅れがある時の理由が公表されており、それによると、遅れは以下のような理由によるものです。車両の確認、踏切の確認、線路の確認、信号の確認、動物と接触、大雨や強風による徐行運転、お客様救護、人身事故、倒竹や倒木、沿線火災、接続待ち合わせ、線路内への人の立ち入り、沿線設備の確認、線路トラブル(レール温度の上昇)等々。こちらは、理由が付されているので、しぶしぶですが納得せざるを得ません。

    このような遅れは、何もしないで放っておくと、どんどんひどくなっていきます。何らかの手段を講じない限り、このような遅れを元の状態(通常運行)に戻すことは出来ません。

    早期に通常運行に戻すために、「運転整理」という手法が使われます。大幅な遅れ(30分〜1時間以上)の回復では、「運転打ち切り・折り返し」という手法が取られています。例えば、大幅な遅れで運行中のA駅行き列車を、途中にあるB駅で運転打ち切りを行い、B駅からC駅に折り返す、という方法です。
    これにより、B駅→C駅は、通常ダイヤ、または通常ダイヤに近い遅れでの運行が可能になります。

    他に、「運用変更」という手法もあります。例えば、ダイヤ上でA駅に12時に到着し、折り返し12時25分という列車があり、その次の便がA駅に12時15分に到着、折り返しが12時40分という列車があるとします。遅れが発生し、12時到着の列車が、30分遅れでA駅に12時30分に到着したとします。このまま運行を続けると、折り返しも遅れが発生してしまいますが、この12時25分の折り返し列車を運休させて、ダイヤ上の12時40分の折り返し列車として運行させれば、見掛け上の遅れは無くなります。この様に、予め設定してある列車運用を変更し、遅れを解消していく手法が、「運用変更」です。私が利用している単線区間では、ほとんどの場合、この「運用変更」で遅れが解消されているものと思われます。

    これら二つの運転整理の手法では、打ち切り駅より先に行く乗客や、運休した便に乗る予定だった乗客は迷惑千万です。その他の手法として、「特発」もあります。車庫に入っている車両と乗務員を急いで手配し、ダイヤには載っていない臨時列車として走らせ、「運用変更」の手法も併用しながら、正常ダイヤに戻す、というやり方です。

    遅れは腹立たしい面もありますが、受け入れなければいけないのも現実です。
    切符を購入して列車を利用する行為は、約款を承諾したということです。鉄道(航空機・船舶も)の約款には、出発時刻も、到着時刻も、約束されていないのです。ダイヤは、(1)天変地異なし、(2)施設・設備・車両に異常なし、(3)不可抗力なし、を前提に作成されているので、「確約」ではなく「見込み」なのです。

    遅れを解消し、早目に定時運行に戻すポイントは、履行すべきダイヤ上の運行を履行しないこと、です。運行の不履行により、迷惑を受ける一部の利用客の不便には目をつむって、不履行によって通常ダイヤに早く戻す方が、全体で考えれば合理的な解決手法ということなのでしょう。

    履行は、国語辞典によると、「決めたこと、言ったことなどを実際に行うこと。実行。」とあります。その他に、「債務者が債務の内容である給付を実現すること。」の意味があります。

    後者は、昨今の世界情勢で話題になっている、ギリシャの債務不履行の問題で、しばしば出てくる言葉です。英語ではdefault(デフォルト)ですが、むしろ、こちらの表現の方がよく出てくるかもしれません。

    辞書には、デフォルトについて、以下のような説明がなされています。試合への不出場(テニス) 、不履行、怠慢、滞納、債務不履行、法廷出頭義務の不履行 、ハードやソフトの初期設定、等々。要するに、何もしないこと、成す
    べきことが成されないこと、という意味があります。

    個人ベースでの債務不履行は、破産に繋がります。個人の場合はデフォルトとは言いませんね。日本の地方裁判所での民事・行政事件の一つに位置付けられる破産事件は、平成21年度で137,957件、平成25年度で81,136件でした。

    国レベルでのデフォルトは、個人とは違って一筋縄ではいかないな、というのが今回のギリシャ問題の経緯の中で感じることです。様々な要因が絡み合って複雑怪奇ですが、個人が債務を返済する時と比較して見れば、借り手側の居直りが尋常ではないな、というのが率直な印象です。

    コンピューター分野では、日本語の不履行は使われず、デフォルトが使われます。コンピューター用語では、英語をカタカナ表記したものが使われることが多い。技術革新が激しい分野なので、日本語に翻訳した用語が定着して使われるよりも、英語のカタカナ表記で代用するのが便利ということでしょう。

    コンピューターのデフォルトは、不履行という意味ではなく、標準、あるいは標準設定、初期設定、工場出荷時設定等の意味で使われています。ユ−ザーが入力設定を怠った(何もしない)場合に、プログラム側で予め標準的な値や動作を用意しておくことを言います。例えば、Microsoft Office Wordでは、フォントは10.5ポイントのMS明朝体が、デフォルトで設定されています。また、Internet Explorerの上部メニューにあるツール>インターネットオプションには様々な設定がありますが、デフォルト設定されているこの一部を、使い勝手が良いように変更した経験がある人は多いのではないでしょうか。本来なら、何もしないこと(不履行)が、予め準備しておくこと(履行)ということになる訳で、正反対の意味で使われています。

    JRの遅れを戻す極意は、履行すべき運行の積極的な不履行です。お金を借りた場合は、返済を履行しなければ、大いなる不都合が生じます。コンピューターでは、設定が不履行であろうことを前提として、正常に働くようにきちんと準備がなされています。同じ履行と不履行でも、様々な意味合いがあることは興味深いことですね。

     

    チーフアドバイザー(技術)山本茂之

    ※このコラムは2015年9月2日に配信されたメルマガ「広島校だより Vol.108」に掲載されたコラムです。メルマガ「広島校だより」を配信希望の方は、広島校だよりからお申込みください。