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第77回「マンホールとコイン」

  • 6月の執筆者はチーフアドバイザー(技術)山本茂之です。

    「マンホールとコイン」

    「マンホールの蓋は何故円いのだろう?」、「コインは何故円いのだろう?」。この二つの問いは、ある考え方を理解する上で大変面白い題材です。頂いた回答を例示してみましょう。
     

    マンホールに関する回答では、「蓋が穴に落ちないように」、「面積が小さくなるように」、「重量に耐えられるように」、「製造コストが安い」、「転がして運びやすい」、などがあげられます。どれもそれらしい。

    コインに関する回答では、「持ちやすい」、「自動販売機で転がるように」、「欠けにくい」、「大量生産しやすい」、「財布が破れにくい」、「指で示せる」、「大隈重信が指示したから」、「銭形平次のように」、などですが、大隈重信や、銭形平次の例のように、ユニークな回答も見受けられます。

    マンホールの例では、「蓋が穴に落ちないように」が圧倒的に多く、皆さんもこれに納得されるかもしれません。蓋が三角形、四角形の場合には、穴に落ちることに言及しながら、「蓋が落ちると穴の中にいる人にとって危険」とか、「穴に落ちてしまった蓋を上まで戻すのが面倒」などの理由を補足的に答えた人もいます。

    コインの例では、これだという回答例が、なかなか見あたらないのが正直なところでしょうか。

    ところで、逆問題という一つの学問分野があります。「複雑な現象の中から、ある種の規則性を発見・モデル化する機構」とも言えるのですが、逆問題がある以上、反対の順問題も当然ある訳です。順問題は「原因から結果を導きなさい」、逆問題は「結果から原因を推定しなさい」という問題で、逆の意味は、現象を時系列的に逆にさかのぼることからきています。

    例えば、ある種の病気になったとき、どんな症状があらわれるか考えるのが順問題、症状から病名を診断するのが逆問題です。もう一例、某国の核爆発実験時の衝撃を地震計で調べるのが順問題、地震計で計測して震源地とその規模を推測するのが逆問題ということになります。

    その他にも、「隠し味は白ワイン?」、「犯人は誰?」、「日本の紙幣で地球儀が描かれているのは何円札?」など、我々は日常的に無意識に逆問題の答えを求める生活をしていることに気付きます。

    順問題は、その現象を時系列的に捉えるので物理的に自然ですが、逆問題では答えが見つからなかったり、それらしき答えが何通りもあったりすることが多いので悩ましい。

    「蓋が円いと穴に落ちない」は順問題の答えです。ほとんどの人は、ここまでで満足してしまいます。ここで、逆問題を思い出すと、「穴に落ちないのは円い蓋である」が逆問題の答えになりそうです。でも、果たしてそうでしょうか。

    「円い蓋以外にも穴に落ちない蓋があるのではないか」を考える必要があります。せっかく蓋が三角形、四角形の場合の例をあげて、その幅に言及しながら答えた人もいるのですが、問題を単純に考えたためか、逆問題の答えにまで言及した人は、一人もいません。

    蓋のどこを測っても、その幅が等しければ、蓋はマンホールには落ちないことは明らかです。どこを測っても幅が等しい図形を、数学的には等幅図形といい、円はその典型ですが、他にもあります。例えば、正三角形の各頂点から正三角形の一辺の長さで対辺の外側に円を描いたものです。どこを測っても、正三角形の一辺の長さの幅になっています。この形は、ロータリーエンジンのローターのようにも見えるし、素人が握ったおむすびのようにも見えます。一般的には、正奇数多角形の各頂点から対辺に対角線の長さで円を描けば、それが等幅図形になります。

    このように、穴に落ちない蓋という理由だけなら、等幅図形であればどんな形でも良いのですが、現実にはそうならずに円くなっている訳ですから、他にもまだ大きな理由があるはずです。「蓋をはめ込むのに円い形なら簡単」、「強度的に安全」、「円い形は製作しやすい」などが、その理由としてあげられるでしょう。

    一方、コインの方はどうでしょう。決定的な理由は非科学的なものです。そのあたりを造幣局の資料から引用してみましょう。

    明治以前のコインには、円形のほか楕円形や方形等がありましたが、明治以降のコインは、全て円形となりました。これは明治2年に、コインを円形に改めたほうがよい、という大隈重信(当時の大蔵参与)の意見が採用され、政府の方針として決まったからです。この時の大隈重信の提案理由は、方形に比べ使用するときに便利、カドがないので摩損が少ない、というものでした。日本では、この大隈重信の方針が、今も脈々と続いている訳です。

    現在円形でないコインを発行している国は、世界に約50カ国あるそうですが、それらの国で発行されているコインは多角形、それもほぼ円形に近い多角形をしているコインが大多数だそうです。一例として、イギリスの20ペンスコインと50ペンスコインは、正7角形をベースにした等幅図形になっています。

    マンホールとコインに関する一つ一つの回答は、順問題の答えとしてはどれも正解と言えるでしょう。実際には、これらの複数の理由が重なって、円くなっていると言えるでしょう。それに、逆問題に答えて、はじめて満点の正解と言えるのではないでしょうか。コインの例では、一見して非科学的回答のように見えるものが、実は一番決定的なものでした。

    皆さんも是非、日常生活の中で逆問題的発想をされることをお奨めします。近い将来、日本のどこかで、素人の握ったおむすびのような形をしたマンホールが現れることを楽しみにしています。

    チーフアドバイザー(技術)山本茂之
     

    ※このコラムは2015年6月4日に配信されたメルマガ「広島校だより Vol.105」に掲載されたコラムです。メルマガ「広島校だより」を配信希望の方は、広島校だよりからお申込みください。