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第60回「髭剃り」

  • 1月の執筆者は、 チーフアドバイザー(モノづくり)大村 卓一です。

    「髭剃り」

    先日、ホテルの備え付けの髭剃りを使用してみて驚いた。良く剃れるし剃り傷もないのだ。今後は備え付けの髭剃りのご厄介になろう、という気になった。大きな荷物を持ち歩くのは嫌いなので、出張の時も下着の着替えは持ち歩かずホテルで洗濯をする。ちょうど室内の湿度調整ができるというおまけがあるので苦にならない。しかし、家で使用しているT字型安全カミソリ、ウェットカミソリという言い方もあるらしい、は必ず荷物に入れて行く。それはホテルに備え付けの髭剃りを使うと痛いし、必ずといっていいほど剃り傷を作り血止めに苦労するからだった。髭剃りをしようとしている範囲の中にホクロがいくつかあることが大きな原因なのだが、頻繁に出血するしなかなか止まらないのだ。ワイシャツのカラーを汚してしまったことも度々あった。剃刀を出張荷物に加えてもさほどかさばるわけではないのだが減らせるものなら減らしたいという思いは何時もあり、そんな事情で忘れることはなかった。

     

    髭剃りというのは、肌面より飛び出している髭を剃る作業で、肌面に髭剃り刃を当てた状態で髭剃り刃を肌面に沿って移動させる。肌面がフラットで、刃の大部分が肌面に一定の角度を保った状態で当たっていて、刃の全ての部分が同じ速度で肌面をなぞってゆけば、剃り残しや剃り傷はできないから髭剃りは快適。髭剃りのプロの床屋さんはどんなことをしているのか?

     

    先ず蒸しタオルを顔に当て、返事が出来ない状態であるのにあれこれ話しかけてくる。結構時間を取って何かを待っている様子。そして、おもむろに蒸しタオルを外し、手で触れながら何かをチェックし、再び蒸しタオルを当てる時もある。その後、泡を塗り、髭剃りを始めるのだが、空いている手で髭剃り刃を移動させる方向と直角方向に肌を引っ張りながらゆっくり髭剃りを動かしている。この時事前に剃る部分に水を含ませた手でなぞっている。個々の動作が快適な髭剃りの十分条件になっている。蒸しタオルは髭を柔らかくする効果と共に肌に湿り気と相応の弾力性を復活させる目的があると推察する。床屋で髭剃りをした後で鏡をのぞいた時、そこに若い別人が写っていることに気付かれる人は私だけではないはず。それはこの蒸しタオルの工程でしわがのばされ、ひと時肌が若返ったのだ。髭剃りに対してはでこぼこのないフラットな面を準備したことになる。相応の弾力を持ったフラットな平面を作るには相応の時間が必要だったのだ。自分で髭剃りをするときもこの作業を組み込めばきっとより快適に髭剃りが出来るのだろう。

     

    次に、髭剃り刃をスムースに移動させるために潤滑剤である泡を塗り、髭の硬さや剃り面の滑り性を確認するために手で確認している。刃が肌面をスムースに滑っているのは心地よい感覚だ。

     

    そして、快適な髭剃りにとって一番重要なプロセスは、ゆっくり髭剃りを移動させるところ。肌面をゆっくり刃が移動しているとき髭に当った時から髭が完全に切断するまでの間に髭は引っ張り応力を毛根に伝える。髭剃りを出張に持参し始めたころ、伸びた髭をあわただしく剃るので、よく「痛てって!」などと口走っていたのだが、先日の出張時にはそれが全くなかった。

     

    また、髭剃り負けの傷はホクロのように突起部だけではなく平坦部にも生じていた。刃と皮膚の間に何もない時は、刃は全幅方向で同じ速度で移動するのだけれど、髭の生えているところに差し掛かると移動速度は遅くなる。髭の密度が刃の幅方向で同じであれば刃全体の移動速度が遅くなるだけなのだが、不均一であると濃い部分を移動する刃の速度が遅くなるから刃は横滑りし、ここで剃り傷が発生する。刃の送り速度が速いほど傷は長くなるから床屋さんはゆっくり剃っているのだ。刃がよく切れる髭剃りは痛さを感じず剃り傷もできない快適な髭剃りの必要条件であったのだ。私が髭剃りを携帯し始めた時から十数年の間に、実際には数年間で完了していたのかもしれないが、髭剃りの構造と材料に大きな改革が行われてきたのだ。今、T字型安全カミソリは5枚刃やプロテクター付など種類も豊富になっているが、基本的には切れる刃が出来たことによって私たちは快適な髭剃りができるようになっている。切れ味という感性の領域での特性向上は、お客様第一、お・も・て・な・し、クールジャパン、などの方向と一致しているような気がする。

     

    その日は歯ブラシも変わっているのかなと思い、持参してきていたが、使ってみたが変化は確認できなかった。同じところに並んでいるのだけれどそれは取り残されている。快適な口を演出する道具は次のターゲットになっているのだろうか。

     

    ものづくり支援チーフアドバイザー 大村卓一

     

    ※このコラムは2013年1月9日に配信されたメルマガ「広島校だより Vol.088」に掲載されたコラムです。メルマガ「広島校だより」を配信希望の方は、広島校だよりからお申込みください。