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第56回「生と活」

  • 9月の執筆者は、 チーフアドバイザー(技術)山本 茂之です。

    「生と活」

    暑い時期には、何と言っても、ビールです。日本の主なビールは、ほとんどが生ビールです。大手ビール会社が製造・販売するビールの中で生ビールでないのは、キリンクラシックラガー、サッポロラガーのみ。ビールと言えば、今は生ビールと言うことになります。「生(ビール)を下さい。」との注文は、余り意味をなしていません。

     

    日本では、生ビールは、「ビールの製造工程で熱処理をしていないビール」と定義されています。

     

    ビールは大麦の麦芽(モルト)を主原料とし、ホップ等の副原料を添加して、ビール酵母でアルコール発酵させて作られます。もう少し詳しく見ると、麦芽粉砕→糖化(麦汁回収)→麦汁煮沸(ホップ添加)→冷却→発酵(酵母添加)の一連のプロセスでビールづくりが行われます。

     

     この最後の発酵プロセスで、1次発酵(主発酵)と2次発酵(熟成)が行われます。アルコールは、主に1次発酵で作られます。2次発酵の熟成プロセスを終えたビールは、製品化するために濾過によって酵母が取り除かれるか(生ビール)、または熱処理によって酵母を死滅させます(熱処理ビール)。生きた酵母が中に残っていると、出荷後に香味が変化してしまい、品質の保証が出来なくなる恐れがあるからです。 

     

    1968年頃に、生ビール論争がありました。「熱処理をしないビールが生ビール」という主張と、「酵母菌を取り除いたビールは生ビールではない」という主張との論争です。その頃までは、熱処理をせず、酵母菌が入った生ビールが常識だった、からです。最終的には、1979年に公正取引委員会が、「生ビール、ドラフトビール=熱処理をしないビール」と公示して、論争が決着しました。

     

     生(なま)の意味を国語辞典で調べてみると、次のような説明があります。1.食物などを煮たり焼いたりしていないこと。加熱・殺菌などの処理をしていないこと。また、そのさま。例、「魚を―で食う」「しぼりたての―の牛乳」。2.作為がなく、ありのままであること。また、そのさま。例、「国民の―の声」。3.演技・演奏などを直接その場で見たり聞いたりすること。録音・録画などによらないで直接その場から放送すること。例、「―の舞台」、「―の番組」、「―放送」。

     

     生ビールは、正に1.に当てはまる理由で付いているネーミングということになります。

     

    「生茶」は、キリンビバレッジが2000年に発売開始した、生茶葉抽出物を使用した緑茶飲料です。生茶葉とは、摘んで4時間以内に、-30℃以下で保存した茶葉、だそうです。

     

    「飲みごたえがあるが、まろやかに飲めるお茶を」というコンセプトで開発が始まり、このコンセプトを考えていくと、結局「素材の良さを生かした」お茶になること。それに対して「生」という言葉は、生ビール、生チョコ、生ハムというように、素材の良さを生かしたやわらかい感じがあって、求めていた緑茶のフレッシュな感じと、とてもうまく合っていること。「生」は、1文字で最初のコンセプトを見事に表してくれる言葉であり、日本人なら「生」と聞くと、勝手に美味しそうだと想像してくれ、美味しいと直接言っていないのに、受け止めた人によっていろいろな方向に世界が広がっていく、良い頃合いの言葉なので、「生茶」というネーミングに至ったとの、担当者の談があります。「生茶」は、それまで辞書にも載っていなかった、マーケティング戦略で創られた新たなネーミングということになります。

     

    先日、ある資料を読んでいる時に、「生紅ズワイガニ」、「生きた紅ズワイガニ」、「活紅ズワイガニ」の表現が何度も出てくるので、気になりました。

     

    最初に「生紅ズワイガニ」と出てきた時に、そこまでの文章の流れから、思わず「生(いき)紅ズワイガニ」と読んでしまいました。「生き魚(いきざかな、いきうお)」という表現があるからです。その後で、「生きた紅ズワイガニ」の表現が出てくるまで、ズーッとそう読んでいました。それから後は、「生紅ズワイガニ」と「生きた紅ズワイガニ」はどう違うのだろうと、頭がモヤモヤした状態で読み続けました。それでもまだ、「生紅ズワイガニ」を「生(いき)紅ズワイガニ」と読み続けていたのです。

     

    しばらくして、「活紅ズワイガニ」が出てきたので、「あれっ?」になってしまいました。「いき」とタイプすれば分かりますが、「生き」または「活き」と変換されます。ここで、やっと「生紅ズワイガニ」は「生(いき)紅ズワイガニ」ではなく、「生(なま)紅ズワイガニ」ではないのかと、読み間違いに気付いた次第です。

     

    辞書には、「活かす」または「生かす」は、次のように説明されています。1.いったん息絶えたものを生き返らせる。蘇生させる。「溺れた人を人工呼吸で―・す」。2.死なないようにする。命を長らえさせる。「魚をいけすに入れて―・しておく」。3.有効に使う。活用する。「長年の経験を―・す」「廃物を―・す」「素材を―・して料理する」。4.一度消した文や字句などを復活させる。「元の文章を―・す」。

     

    「活魚」は、正にこの2.の意味で使われている用語であり、生きたままで飲食店などの調理する場に輸送される魚介類のこと。要するに、魚介類が生きている、ということがポイントです。

     

    「鮮魚」は漁獲後まもない新鮮な魚介類のこと。「生(なま)」の魚の中でも、新鮮度が高い魚で、刺身や握り寿司として食されるもの。魚が生きているか、死んでいるかで見ると、死んでいる魚です。死んでいるというより、死んでから間もない新鮮な魚という意味合いです。

     

    資料の中で三番目に出て来た「活(かつ)紅ズワイガニ」は、生きている紅ズワイガニということになります。二番目に出て来た「生きた紅ズワイガニ」は、結局のところ、「活紅ズワイガニ」と同じ意味です。一つの資料の中で、同じものを異なった表現で示すのは、読者を悩ませる良くない使い方なので、「活紅ズワイガニ」に統一して使った方が良い旨のアドバイスをしたところです。

     

    業界に関わりのない一般の人が、普通の会話の中で、「生紅ズワイガニ」と「活紅ズワイガニ」を使い分けて会話しているのかどうか、使い分けているとしたら、どのような意味に使い分けているのか、見所です。

     

    「生活」は、今まで気にしてきた「生」と「活」が一つになった言葉。でも、今までの議論のポイントである、死んでいるのか、生きているのかとは関係なく、こちらは正に生きる話ということになります。

     

    チーフアドバイザー(技術)山本茂之

     

    ※このコラムは2013年9月6日に配信されたメルマガ「広島校だより Vol.084」に掲載されたコラムです。メルマガ「広島校だより」を配信希望の方は、広島校だよりからお申込みください。