トップページ > 経営支援・相談 > コラム「モノ・知・技」 > 第42回「小さなこと(その2)」

第42回「小さなこと(その2)」

7月の執筆者は、 チーフアドバイザー(ものづくり)大村卓一です。

「小さなこと(その2)」

『幼虫乗っ取る死のウィルス』という背筋が寒くなるような記事が、6月17日の日本経済新聞・サイエンス欄に紹介されていた。「木の枝の先に昆虫の幼虫がぶら下がって死んでいる。梢頭病だ。・・・ウィルスは感染した幼虫の体内で子孫を増やす。脳にも感染し、幼虫の体の中にある情報伝達の経路を占拠する。幼虫に乗り移ったウィルスは何らかの指令を送る。たちまち幼虫に異常行動が現れる。高所を求めてさまよう。」というものだ。そんなことがあるのか。そんなウィルスの世界を想像するに、宿主を絞り込んだりあるいは宿主の体内でその毒性を調整したりしながら種の存続を掛けた葛藤の歴史があったであろう。今存在している種が繁栄している理由を解明できていなくても、いや解明の必要もないのだけれど同種の中での勝ち組なのだ。命を連綿として継続するためには大きな仕組みが必要であるということは理解できるけれど、実に周到な出来栄えではないか。その仕組みを当のウィルスは判っているのだろうか?そんなことを知っているはずはない。ウィルスはただ栄養素を吸収し、ひたすらウィルス個体の生命を全うしようとているだけで、個体の寿命の間あるいは複数世代を経過する間に想像すら出来ない影響を宿主を含めた周囲に及ぼしていることなど知る由もないはず。

 

ウィルスから人間に話を移そうとしている。話が飛躍しすぎを承知の上で、最近の話題作、を紹介する。「あなた方白人はたくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それは何故なのだろうか?」と言うニューギニアの海岸地域の政治家の問いかけに対し、ジャレド・ダイアモンドは更新世以降の人類史を謎解きし、「人類の長い歴史が大陸ごとに異なるのは、それぞれの大陸に居住した人々が生まれつき異なっていたからではなく、それぞれの大陸ごとの環境が異なっていたからである」、と言う結論をその著書『銃・病原菌・鉄』(草思社文庫出版)の中で紹介している。銃、病原菌、鉄は謎解きの際の有力なツールだった。アフリカでスタートした人類は長い年月を掛けて各地に移動していった。ユーラシア大陸で暮らし始めた祖先は農耕社会を形成する過程で、栽培種が豊富であったこと、各地域で得られた成果を伝承してゆく際に地理的な障害が小さかったことなどが奏功し、その他の大陸に移動した祖先と比較して免疫力や技術力や集権社会の仕組みを蓄えていった。2つ地域の祖先が遭遇した大航海時代に、圧倒的な差が露呈した。私の頭の中で冒頭のウィルスの話と繋がるのは、主体のウィルスや現代の先進社会の人間の祖先は決してその行き先を目指して幾世代にも渡って努力してきたわけではなく、日常を必死に生きてきただけと言うこと。

 

吉本隆明さんが紹介しているミシェル・フーコの考え方、『老いまでは自分のものだけれど死は別のもの、人のものだ、自分のものじゃない』、に通じていると私は理解している。

 

命は限りなく繋がっていて、種の目指すところそして個の役割はその先の…先の人にしか解明できないということなのだろう。

 

 

チーフアドバザー(ものづくり)大村卓一

 

 

 ※このコラムは2012年7月4日に配信されたメルマガ「広島校だより Vol.070」に掲載されたコラムです。メルマガ「広島校だより」を配信希望の方は、広島校だよりからお申込みください。