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第27回「東日本大震災に思うこと」

4月の執筆者は、チーフアドバイザー(モノ作り) 大村 卓一です。

「東日本大震災に思うこと」

 東日本大震災(NHKでは東北・関東大震災と報道)が発生して2週間が過ぎした。
 直接被災された方々や大切な方が被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。

 

 この地震は多くの方が感じておられるように、世界中で起こる大変革の始まりのように感じています。枝野官房長官が原発被災の対策として海水を注入することと半径30km以内の住民に避難を勧告した会見の中で、今後想定される電力不足に言及しこの地域の住民だけにとどまらず全国民に節電の協力を要請していました。これは大変革に向き合う覚悟を呼びかけたとも推測します。17日紙上の天皇陛下のお言葉も同様の励ましだったと思います。20日頃まで私は悲惨な記事ばかりが並んだ新聞を見る気がしませんでした。そして、震災の翌日から積み上げていた日本経済新聞をこのコラムを書くために開いてみました。

 まず感じたのは紙面が少ないこと。ページ数はいつもの3分の2位になり、投資・証券・マーケット・財務・広告欄を除く記事数は約半減、日経のスポーツ欄はお気に入りのページだったのですが、この間半ページに縮小されています。その中で地震関連記事は発生の翌12日は記事総数79本中41本、13日は56本中46本、それから24日までは60-80本、総数の70-80%が関連記事でした。全ページは殆ど地震のニュースと言う状況が2週間続いたわけです。

 22日の新聞はじっくり読みました。

 

春秋は
 11月、第1回帝国議会が開催されたときの議事堂は木造だった。・・(それが議会の)翌91年1月に消失してしまう。原因は漏電だった。・・・「電気は怖い、危ない」と言う声が高まり、電気を如何に安全に使うかが電線や電気器具メーカーなど産業界の課題になった。・・・人々は知恵を絞り電気を生活やものづくりに役立ててきた。・・・だが、それから半世紀近くも経つのに原子力を使う技術を確立しきれていなかったという現実があらわになった。・・・原子力との戦いをなんとしても乗り越えたい。

 

堺屋太一さんは大震災と日本の経済の項で
 総合的な情報収集力と、特別法や予算、規制作りに強い勧告権を持つ「復興院」的機関を設けるべきだと思う。この機関は3つの条件を持たなければならない。(それは)・・・既存の枠組みを超えること・・・目前のことと遠いことを等しい尺度で考え、事業計画をプロデュースする際、出口のない入り口に入ってはならない(こと)・・・これまでの経緯や利害にとらわれないことだ。・・・国民の危機意識こそ、改革への飛躍を呼ぶ。今がそのときだ。

 

安藤忠夫さんは私の履歴書の中で
 我々日本人は団結し、幾多の困難を乗り越えてきた。今こそ国を上げて被災地の人々を支えるべく心をひとつにしてこの災難に立ち向かわなければならない。・・・(阪神・淡路大震災の)被災地はその後、世界の災害史上例を見ない速度と質で復興を成し遂げた。

 

また週刊誌の広告欄にはこんな見出しが
 『日本を信じよう』『今は否定的な言葉を抑制すべきだ』『千年に一度の大災害という言い訳』『国民国家再建の契機とするために』・・・

 

 24、25日には、やっと地震関連記事の割合が50%以下になりました。この地震のアウトラインを掌握しつつあるのだと思います。復興に向けた動きが始っています。世界中の人々が原発・エネルギー問題を子や孫のことを含めて自分の問題として真剣に考える時だと思います。

 

 私も地震を機に入り口側の2つの疑問について理解しようと挑戦しています。
  ・使用済み燃料棒がなぜ発熱するのか
  ・どのようにして原子炉は起動し、停止するのか
 私達はこれから30-50年に亘る大変な変革をしてゆかなければならないのだと思います。焦らずに色々なことに考えをめぐらせ、新しい環境作りを始めて行きましょう。
 遠くを見入ることが大切だろうと考えます。

 

チーフアドバイザー(モノ作り)大村卓一

 

 

 

※このコラムは2011年4月6日に配信されたメルマガ「広島校だより Vol.054」に掲載されたコラムです。メルマガ「広島校だより」を配信希望の方は、広島校だよりからお申込みください。